「宝塔」第226号
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素晴らしい豊かな人生にしよう

 

人間として一番大切な生き方は

誰かを救おうと努力する

幸福になっていただく為に

役立って生きることである

 

 社会は徳を積む舞台なり、と教えられます。

誰しも青春時代が長く続くものでは無い。やがて老い、病を得、死に直面する時が必ず来ます。常に心身共に健全になるように心掛け、罪を造らず、徳にあこがれて人生を過ごしたいものです。

3人の天使

 この世において悪事をなし、死んで地獄に墮ちた罪人に閻魔王が尋ねました。

 「汝は人間の世界にあった時、3人の天使に遇わなかったのか」

 「大王よ、私はそのような方に遇いません」

 「しからば汝は年老いて腰を曲げ、杖にすがってよぼよぼしている人を見なかったか」

 「大王よ、そういう老人ならいくらも見ました」

 「汝はその天使に遇いながら、自分も老いて行くものであり、急いで善をなさねばならぬと思わず、今日の報いを受けるようになったのだ」

 閻魔王は更に尋ねました。

 「次にまた、汝は第2の天使を見なかったのか」

 「大王よ、私はそういう方にお目に掛かりません」

 「汝は病に悩み、独りで寝起きも出来ず、見るも哀れにやつれた人を見なかったか」

 「大王よ、そういう病人ならいくらでも見ました」

 「汝はその天使に遇いながら、自分も病まねばならぬものであることを思わず、あまりにおろそかにして、この地獄へ来ることになったのだ」

更に閻魔王は尋ねました。

 「次ぎに汝は、第3の天使に遇わなかったか」

 「大王よ、私はそういう天使に遇った覚えがありません」

 「汝は、汝の周囲に死を見なかったのか、人々の悲しむ死に遇わなかったか」

 「大王よ、死人ならば私はいくらも見て参りました」

 「汝は死をいましめ告げる天使に遇いながら、死を思わず善をなすことを怠って、この報いを受けることになったのだ、汝自身のしたことは汝自身、その報いを受けなければならぬ」

 と閻魔王が言ったと聞きました。

 

与えて 与えられる

 

 以前、私の近くに、親を粗末にし、やがて親となり、年老いて子供たちから、粗末にされた人を見ました。

 Kさん宅は農家で、Kさん老夫婦は新築した母屋に上げてもらえず、離れの納屋で暮らし、風呂も「年寄りはきたない」と家族が入った後にしか入れなく、情けない思いで暮らす日々でありました。年の瀬も近づくと餅をつき正月を迎える準備をします。

 Kさん夫婦は若い時から餅が好きで、餅を焼いていますと「年寄りには餅は身体の為に良くない。のどにつまって死んでもよいのか」と息子が餅を取り上げて食べさせてくれない。永年、家の為、子供の為と働いて来たのにと、息子を恨み憎む毎日で、暗い家庭になって行きました。大乗の信仰を勧めても聞くことが出来ません。

 この老夫婦にも、青年期も壮年期もありました。Kさんも嫁がきまり結婚しました。「これからは俺たちが中心になる」と親夫婦を納屋に住まわすようにしました。

 親夫婦は若い夫婦が、家の為に働いてくれるからと、母屋から納屋に移り、仕事を手伝い暮らしておられたのですが、年をとって来ますと粗そうもすることもあり、母屋に上げてもらえず喜べない暮らしでした。年の暮れ餅をつきます。老夫婦は「餅が食べたい、餅をくれ」と言いましても「年寄りには餅は毒だ、餅は食うな」と親に餅も与えませんでした。

 情けない思いを与えて来た事によって、年老いてから25年、30年過ぎてから自らが受けるのです。

 大恩ある親を粗末にし、喜び感謝の無い生活は、生きながらにして地獄の生活を味わわねばならないのです。

 若夫婦もやがて老夫婦になった時、親以上に子供夫婦に冷たくされ、絶望の人生を送るようになるのです。

 自らの蒔いた種によって報いを受け、なるべくして、なっているのです。

 人生の幸・不幸の基は、親を何と考えたか、親の心をどうように汲み取って尽くしたかが決め手である。

 現在81歳になるMさんは、信仰に素直で、今日あるは産みの親、育ての親のお蔭と感謝され、子供も孫もご先祖や仏様に手を合わせ、おばあちゃん、おばあちゃんと常に慕われ、親族はもちろん知人にも教えの尊さを伝え、多くの方々を法縁に導かれ、よく施し、徳を積み喜びの生活をしておられます。

 5歳の時、親に死別され、4人の兄弟姉妹がそれぞれ親戚にあずけられ、Mさんは妹と共に母の親元にあずけられ、祖父と祖母の世話になられたのでした。

 祖父も祖母も信心深く良い人で、近くの観音堂によくお参りされ、Mさんも祖母と一緒に、よくお参りされました。祖父は筆達者できれいに写経して、村中の人達に配って喜ばれておられ、大きな声で叱られた事は一度もありませんでした。可愛がって育てていただき、年々老いていく祖父母の姿を見て、早く働いて楽をさせてあげたいと、高等科一年で学校を終えて、綿布工場に住み込みで働かれるようになられました。

 現在と違ってその頃は、盆暮れの2度の給金でした。盆の時も暮れの時も「早くおじいさん、おばあさんに喜んでいただきたい」と給金袋の封も切らずに家に帰るのです。大きな川の橋を渡って行くのですが、おじいさん、おばあさんが橋の側まで迎えに来ていて下さるのです。自分の小遣いも取らずに渡すと、涙を流して喜んでいただけました。「店に支払いが出来る。気楽に正月を迎えることが出来る。ありがとうよ、ありがとうよ」と何度も礼を言われるのです。一生懸命働いて、おじいさん、おばあさんに喜んでいただこうと、生き甲斐をもって働かれ、尽くして来られたのです。

 祖父母も大往生され、Mさんは結婚され、戦中戦後、人一倍苦労もされ、法縁に結ばれ毎月ご法座も開き、子供も成長し、長男も二男も長女も結婚して、8人の良い子孫にも恵まれ、孫のお守(も)りをしながら、ご主人の運転の助手席に乗って、配達を手伝い、集金をして現在の会社の基礎をつくっていかれたのです。家族一同力を合わせよく働き会社を盛り上げておられます。また孫と一緒によくご法座にお参りをされ、よく徳を積まれ、悩んでおられる方々の世話もよくされました。

 近所の方々が「Mさん、あなたは幸福なお方ですね。子守をして、年をとってからも、たくさんの給料を貰って、うらやましいですね」と言われておられますが、

蒔かぬ種は生えません

 親亡き後、祖父母に世話になり、産みの親のお蔭、祖父母のお蔭様と感謝し、よくご恩返しをされ、給金を渡して来られた功徳と、世帯をもって何も無い生活から、商売をし基礎をつくって来た苦労が実って、80歳過ぎても毎月給料をいただかれ、財にも子孫にも恵まれ、今日健康で悠々たる人生を送ってみえるのであります。

「運命自招」運命は自ら招くと言われますように、幸も不幸も人のせいではありません。尽くせば尽くされ、与えれば与えられるのが真理です。喜びを与えていけば、やがて喜びが与えられ、苦しみを与えていけば、その苦しみは大きくなって必ず我が身に跳ね返ってくる事を、心に銘記すべきであります。                                                                   合掌

宝塔第226号(平成10年11月1日発行)