「宝塔」第227号
ホーム 上へ 交通のご案内 お問い合わせ先 大乗教の沿革 杉山辰子教祖 教祖聖地臥龍山 総本山散策 大乗教インド別院 Buddhist Temple 書籍のご案内 百周年記念事業 大乗教青年部 国際ボランティア会 iモード リンク 2014年行事案内 被災地支援

 

 

宝塔 No.227(平成10年12月1日発行)

 

尊い法縁に結ばれよう

 

ふれる縁こそ大切である

同じ水でも冷やせば氷となり

熱すれば蒸気となる

人間もふれる縁によって

運命は変わる

 朱に交われば赤くなる。きれいな水の中に墨を入れると黒くなるように、触れる縁は大切であります。

 勝負事の好きな人は、勝負事の好きな人と交わり、釣りの好きな人は、釣り仲間が出来ます。
 愚痴多き人に交わっていますと、いつの間にか愚痴を言う性格になり、何事も喜んでいると知らず知らずに喜ぶ人生に変わって行きます。
 以前の事ですが、夏の夕方同級生のMさんが、突然訪ねて来られ、私の顔を見るなり男泣きに泣かれ、びっくりしました。御宝前に上がっていただき事情を聞きますと、

 「母と妻と子供二人の五人暮らしだけれど、気の強い母と妻が気が合わず、絶えず争っており、子供を連れて実家に帰って、迎えに行っても帰りません。母からは責められるし、仕事も無く、行き詰まって生きる希望が無くなってしまった。電車に乗って金山駅で降り、死に場所を求めながら、電車路を南に歩いて来て俺の死に場所はここだと、電車が来たら飛び込もう、下り電車が来るそこに人が来た、次の電車にしようと待っていた、何気なく前方を見ると、大乗教の本堂が見えて思い出した。
 数年前悩んでいた時、君がいる大乗教の本部に訪ねて世話になった事があった。君は今どこにいるのだろう、会いたい、死ぬのは君に会ってからでよいと、本部に行って君の居場所を聞いて、突然伺いました」


 「M君よく訪ねて来てくれた、君が自殺をしようとした場所は、自殺と事故死の多い場所だったんだ、大乗教の仏様に助けていただけて、本当によかったね、ところで
おふくろさんはここに来た事を知っているかね」
 知らせずに来たと言うので、M君の家に電話すると、弟さんが出られて、「兄が無事で良かった、死ぬ気で家を出たと母から知らされ、兄弟で手分けをして探し廻ったけれど、行方不明で心配していました。本当にありがとうございます」と喜ばれました。

 夜のご法座に一緒に出掛け、帰ってM君の背中に手を当てて一心に拝み、休んでいただいた。夜中に起きて伺うと、ぐっすり休んでいて安心をしました。
 朝の食事をすませ、御宝前でM君を北枕で寝かせ、着物を逆さに乗せて、枕元に灯明と線香をつけて、衣をつけて、「M君自殺をしていたら、親族友人等が集まって通夜と葬儀です。死んだつもりでお経を聞いてくれるように」と頼み真心をこめて、お通夜のおまいりと回向文を読み上げたのです。拝み終わって感想を聞くと、「何だか変な気分だよ」と言いました。
 「M君今までの君は死んで、今日から新しく出直すのだよ、生きていて良かったと、必ず喜べるようになるから家に帰ったら母親に、心配をかけたお詫びをして、これから強い意志をもって、女房子供を幸せにすると、心に誓って迎えに行けば帰ってくれる。明るい心で暖かい心で努力しよう。仏様を念じ妙法を唱えれば就職も出来るよ。悩んだり困ったらいつでも相談してくれ、辛い事もあるけれど、喜びのあるのも人生だから、今日のお通夜のお経を忘れずに、これからがんばろう」と励まして、駅まで送り帰っていただいた。

 数年前一度私を訪ねて、総本山に来てくれた友人でしたが、仏様、教祖様に見守っていただいて、自殺寸前にお導きいただけたと、心より喜び感謝申し上げました。
 M君は心を入れ替え、家に帰って母親に詫び、妻子を迎えに行くと、素直に帰られ平和な日々が続きました。

 数年後クラス会でM君に会いますと、明るい顔で活き活きしておられ、M君は「H市の公務員に採用され、元気で頑張っています。おふくろも他界し、子供も成長して先日娘が嫁ぎました。花嫁衣装を来た娘の幸福な門出に出席出来、生きていて良かったと心から喜べました。二カ月程前公務で船に乗って、H市よりK市の港に着く手前の防波堤の所で、大勢の人が集まって私の方に手を振るので、近づいて見ると、釣りに来た人が自動車共に海に突っ込んで大騒ぎとなり、細いロープを投げて助けようとしても、全身ずぶ濡れで上にあがれず、困っている所に船を横付けにして、溺れている人を救う事が出来、人命救助の表彰も受けました。人を助け救う事は喜ばしいことだね、お役に立てて有り難かったですよ」と喜んでくれました。
 M君は皆の前で、七福神の万歳を披露し、カラオケも力強く歌い、活き活きとしている姿を見て喜べました。
 M君は「こんな素晴らしい人生を送れるのも君のお陰です」と喜んでくれました。
 かつて総本山の仏様・教祖様にお参りをした功徳で仏様・教祖様の御守護を受けられたのです。

 

踏み切り.jpg (23511 バイト)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

wpeF.jpg (11445 バイト)

 

 

尽くし返す人生

 

wpe28.jpg (7261 バイト)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

wpe29.jpg (5452 バイト)

 

 Sさんは現在三十六歳の女性ですが独身です。

 未熟児として生まれ、脳性小児麻痺を患い、股関節異常で満足に歩けず、身体障害者です。親の愛情と本人の意志の強さで、義務教育を終えられたのですが、通学時代も歩行矯正靴(歩き方が良くなる為の靴)をつけ、杖をついて通学していたのですが、みんなから除け者扱いにされたり、「ビッコ、ビッコ」と見下げられ、喜べない日を送っておられました。親も祖父母も陰から拝み、幸福を念じ続けて来られました。

 中学三年生の頃、足が痛くて眠れぬ夜が続いていた時、夢の中で女の人が現れて、痛む足の付け根の所に両手を当てて、一心に拝んでいただいた。痛みが取れ楽になってぐっすり眠る事が出来ました。一度も見た事の無い女の方が拝んで下さった。何方だろうと思っていました。ある日おばさんの家に行き、仏壇にお参りすると、右側に写真が祀ってあるのを見て、「おばさんこの写真は何方なの」と尋ねると、「大乗教の教祖様ですよ」と聞いて「私の足が痛んだ時、拝んで下さったのは教祖様なんだ」と始めて知りました。

  時々でしたが母と共に、杖をついて矯正靴をつけて、お参りされたのですが、不足の心を無くし、親や祖父母に感謝出来るようになって、徐々の良くなって来ました。

 妹が一人いて高校を卒業する頃に、妹にボーイフレンドがいて、時々電話をしている姿を見て、自らの不運を嘆く生活で、親も妹も腫れ物にさわる如く、気を使い過ごしておられました。
 二十歳頃、身体障害者の職業訓練学校に、一年間住み込みで学んでおられたのですが、時々不具な自分が惨めで、ホームシックになりました。一緒に学んでいたAさんは交通事故で両足を切断して、再起の為に真剣に努力しておられた。この三十三歳の男性Aさんと知り合いいろいろ励まされ、力づけていただき前途に希望が持てるようになって、家に帰られ、又教会にお参りされるようになられました。矯正靴を履かず、杖を持たずに歩かれるようになられたのです。 両足を無くしたAさんは頑張屋で、身体障害者で車椅子などを作る会社を経営しておられたのですが、不況の煽りを受け、経営不振になって行きました。その連絡を受けたMさんは、教会に毎日お参りをされ、Aさんの会社繁栄の供養をし、念じ続けられました。
 Aさんの会社は手形が不渡りになれば、倒産ですが何とか資金繰りが出来て、立ち直りました。
 最近になって大きな仕事の契約が出来てAさんは「Mさんのお陰で立ち直り、希望が持てるようになった」と喜ばれています。
 親身になって、尽くして頂いた、希望を与えて頂いたご恩返しに精進努力され、仏様や教祖様の御守護をいただいて、心より喜んでおられます。

合掌