「宝塔」第242号
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根づまり 〔基を正せば 末は栄える〕 

 毎年すばらしい盆栽をお造りになるお宅を訪ねますと庭先で七十歳くらいのご老人が、植木鉢から抜き取ったばかりの盆栽の根の固まりを細い竹の棒で丁寧にほぐしておられました。

 窮屈な鉢の中で絡み合った根と土の固まりは、石のように堅くなっていましたが、その固まりも次第にほぐされて、やがては長い髪の毛のような根を、一本一本優しく労るような手つきで撫でながら、古い根と新しい根を慎重に見分けて、鋏(はさみ)を入れて調整し新しい土を入れた鉢に植え込まれました。

 じっとこの作業を見て、大変なお仕事ですね。と言いますと、

 「ご覧のように、ひどい根づまりでした。これを放っておくと盆栽が駄目になってしまいます。こうして根に喜びを与えると、枝葉の色も艶も良くなり伸びる方向も自由自在に変えることが出来ます。来年がとても楽しみです」

といわれました。

 長年の経験から語るこのご老人の言葉は正に仏の教えを説いておられるのであります。

 人生は、少年の頃に夢見たような美しいものばかりではなく、また楽しいものばかりでもありません。いろいろな悩み苦しみがあり、怒り愚痴、不安におののく時もありますが、これで一生を果ててしまっては、人間として生まれた価値がありません。

 教えによると『人間生活とは、父という人と母という人の間に生まれて活かされている』と教えられます。

 自然の植物が栄える為には、向陽性と向地性とあってこの二つの性質による働きを切り離すことが出来ません。 一本の草木も地上の姿は太陽に向かって伸びる性質をもって生きていますが、反面では目に見えない所で地下に向かって広く深く伸び続ける根があってこそ、地上の幹や枝葉を栄えさせていることを知らされます。床の間に飾られて、我が世を得たりと咲き誇っている花でも、根を切った花であれば、一度散ったら二度と咲くことはありません。根のついている花は時を得て何度も何度も新しい花を咲かせることが出来るのです。

 根とは親なり。根は地上の幹や枝を自由自在に変える偉大な力を持っているように、親の力の偉大さを自覚し根づまりはないか、もしこの根づまりがあれば、その考えや行いを正して行かなければ幸せは望めません。

 仏はこの世を報因の社会と言って、先祖・親・恩人に感謝してその恩に報いなさいとお説きになっています。人間であればこそ、この尊い妙法の教えを受け持つことが出来ると喜んで仏の教えを説の如く実行して、人々の幸福を願い、多くの人のお役に立っていくことこそ根づまりの解消の道であります。

 子供連れの若い御夫婦がこんな相談をされました。

 「実は私の妻は10年以上もの長い間病気で苦しんでおります。本人の自覚症状は、単なるめまいと頭痛ですが病院で検査をしても原因がわからず、ありとあらゆる療法を試しましたが、その効果はありません。完治の見通しもつかない状態で、今では肉体的な苦しみより精神的な苦しみの方が大きく、生きていくのも嫌になったと言って苦しんでいます」

 先程から顔を伏せたまま主人の話を聞いていた奥さんが、突然顔を上げて、               

 「先生、私はもう元の身体に戻れないのでしょうか。この子を出産してから年々体調が悪くなって、もう10年も過ぎました。子供の世話や洗濯までやってくれる主人の姿を見ると申し訳なく気が狂いそうになって、食事も喉を通りません。なんとか良くならないでしょうか」

 「奥さん、まずあなたを拝ませていただきます。私が拝んでいる間、合掌して結婚前を振り返り、父や母を思い出し拝んで下さい。そして今日からこの身体で教えを精進して、主人や子供に一生懸命に尽くさせて頂き、両親に喜んで頂きます、とお誓いして下さい」

と言って背中に手を当てて拝みました。

 拝み終わると、奥さんが涙を流しておられましたので私はさっそく恩師から教えられました文字を紙に書いて人生とはいかなるものかを説明しました。

 「立、木、見、これを集めて親と書き、この漢字を 『おや』と読むでしょう。立派に成長した大木は誰でも見ることが出来ますが、この木が今日まで育って枝葉が繁茂するのは、目に見えない所で地下に向かって深く張っている根があるからです。この大切な根を切れば、どんな大木でもやがては枯れて朽ち果ててしまいます。
 奥さん、この自然の真理が納得出来ますか、これが仏様の教えです。親の慈悲をその身体いっぱいに受けて生まれ育ったあなたは、ご両親の思いに護られて今日ここにあるのです。幸福な結婚生活に入って男の子を出産したあなたは、その喜びも束の間で以後10年間、妻の資格も母親の資格も失ったまま、辛い思いの中で子供は育って来ました。この事実を見てなぜこうなったかを知らねばなりません。きっとあなたは親を悪く考えておられると思いますが、そのようなことはありませんか」

 「はい、先生の言われる通りです。私の父は83歳、母は79歳の高齢ですが元気で兄と暮らしています。私は3人兄弟の末っ子です。兄と姉は3歳違いですが私と兄とは23歳も離れておりまして親子のような兄妹です。
 父は村でも評判の呑気者で、もう20年も前から兄に家を任せて隠居生活となりましたので、私は親がわりの兄に世話に成って育ちました。
 兼業農家で経済的に窮屈な生活の兄夫婦には2人の子供がありまして、その上私が世話になって来ました。
 そんな中にでも兄は、私を高校へ進学させてくれまして、人並みの高校生活も楽しく過ごさせて貰いました。 そんなある日のこと、私の家に叔父が来まして、『お前もやがて就職するだろうが、一生懸命働いて兄にお金を返さなければいかんぞ』と、こんな事を言いました。後から聞いてみますと、私が修学旅行中に兄が叔父の家を訪ねて、『妹も来年は卒業しますが、就職や結婚などを思うとまだまだ僕は楽になれん』と苦労話をしたそうです。
 気のきつい私はこのことを聞いて大変怒れました。無責任な親の為に兄の厄介者となった、と言って泣いて親を責めました」

と声をあげて泣かれました。

 縁によって人の運命は変わるものです。

 親孝行な兄のお蔭で幸福であったはずのこの人は、叔父の一言でお蔭様の心を見失ってしまった。これは平素呑気者で優しい父親が尊敬出来なかったからであります。

 大恩ある親の心も汲むことが出来ずに怒った、それが根を切った木が枯れるように、我が子が生まれると同時に不幸な運命と変わってしまったのであります。

 「奥さん、親はあなたを不幸にするつもりで産んだのではありません。末っ子ほど可愛いのが親の心ですよ。 親不孝を懺悔して、今日からご両親の身体に手を当てて拝んで下さい。
 親の願いを受けて、精一杯の面倒を見て下さった親孝行な兄さん夫婦に対して、不足に思って申し訳ない妹であった、と心からお詫びして、立派な兄のあることを喜ばなければなりません。
 このように今日から過去を徹底的に振り返って、愚かな過去の懺悔と罪障消滅の為の徳を積んで、苦労をかけたご主人も拝んで下さい。そうすればきっとよくなります」

 それから一生懸命大乗の教えを聞かれて、すっかり健康になり、その上兄夫婦に妙法の教えを伝え、人を救う菩薩の働きが出来るようになったのであります。
 過去にどんな罪が有ろうとも、正しい仏法の縁によって人の運命はこんなに変わるものです。真剣に精進して下さい。これが仏様の願いであります。

合掌

宝塔第242号(平成12年3月1日発行)