「宝塔」第272号
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 先祖 親 子 孫

 子供は親の行為を見つめて育って行く。
 今、少年の非行が問題になり、毎日の如(ごと)く話題になっています。そこには、学校の管理体制とか、教師の資質、または、社会等に問題があると報じられていますが、最も大きな問題は家庭の中にあり、親たちは大いに考えなければならない事だと思います。子供は、毎日、親の行いや、心を見て育っているのですから・・・。
 教祖様は、子供は親の心の鏡であると言われます。悪い商品、例えば、食中毒など起こしますとそれを販売した店、製造した業者などが罰せられ責任を問われます様に、子供も同じことが言えるのではないでしょうか。

・子供は環境により良くも悪くもなる。
・その環境の一番大きな存在は親です。
・親自身が、今の行為、心の持ち方、過去の自分を   すべて含めて考えるべきです。

 ある家に伺った時、いつも見えるおばあさんが所用で外出しており、奥さんが留守をしておられた。奥に通され、お茶を取りに席を立たれると代わりに六歳になる男の子が私の前に立ち、顔を見ながら「おばあちゃん、いつ死ぬの」との事で、私はびっくりして「どうして」と聞きますと、「ママがパパにおばあの事で泣いていたからおばあが早く死ぬと良いと思ったから」との事。
 「でもおばあさんは、時々、僕に小遣いを下さるでしょ。だから、大事なおばあさんだから優しくしてあげなさい。まだまだ、丈夫だからね」
 と言いましたら、男の子は「うん」と言って、そのまま出て行きました。
 子供心にも、ママが泣いているのを見て、おばあはいない方がいいと考えて、私に聞いたのだと思います。そうした生活の中で育っていく子供は、やがて、親の言葉も注意も聞かなくなり、思いやりのない自分勝手な道を進む場合があります。 
 奥さんがお茶を持って来られたので、この話をしますと、顔色を変えて恥ずかしそうに、
 「実は二日前に、おばあさんと喧嘩して、その話を主人にしているのを、子供に聞かれたのです。二度と子供の居る所でこうした事の無いようにします・・・」
 と仰いました。この家では、その日より、おばあさんを中心にして、少しでも楽しい一日を過ごす様に努められ、今では、大変幸福な家庭を作っておられます。

 女の子を三人持つ夫婦がお越しになり、子供たちを育てて行くのに、どうしたら良い子に育てる事が出来るでしょうかとお尋ねになられました。そこで、ご夫婦、ご両親の事を尋ねますと、主人の両親は亡くなっておられ、奥様の方は、父親だけ健在との事でした。
 「一人の親ですから、そのお父さんを大切にしてあげる事です。それから、亡くなられた祖父母の命日に、各々『今日はおじい様の命日・今日はおばあ様の命日』と、いつもより御馳走をして、食前に手を合わせ冥福(めいふく)を祈ってから食事をする様にし、時には、祖父母の話をする事です。こうした家からは 親に反抗したり非行に走る子供は出来ません。信仰とは神様や仏様にお参りやお祈りをする事だけでなく、家の中を明るく楽しくする事です。これが子供を育てて行く一番大切な事です」。
 こんな内容の事を話させて頂きました。以来この一家は今日まで、この事を続けておられ、今では三人娘とも成人し、奥さんが体が弱く寝込む事がありますと、三人で一生懸命に看護し、家の手伝いもよくします。また、祖父母の命日には、必ず早めに帰り、自分のお金でささやかながら、お供えをする様になり、時には、会った事もない祖父母の事を両親に尋ねたりしている様です。
 この夫婦にも、親の事で悪い思い出もあった事でしょうに、今では亡くなった人の思い出は、楽しい事ばかりだそうです。そして、この子供たちも遙(はるか)に遠い存在の祖父母に対し、より身近に親しくお参りが出来るのです。
 ある四十年配の奥さんが泣きながら話されました。
 「三人の子供があり、姉は二十歳、弟は十八歳、末っ子は中二で女の子。姉と弟が喧嘩ばかりで、弟が大きくなるとだんだん荒っぽくなり、このままでは怪我でもするのではと心配していた。
 姉の方は高校を卒業すると、すぐにアパートを借り、勤めをしながらの一人暮らしで、この頃では一言も親に相談することなく、家には寄りつかなくなった。弟は一年前に高校を中退し、家を出てアパート暮らし、月々六万円を渡していますが、お金が無くなると、家に無心に来ては、出さないと家で暴れますから、ついお金を出してしまう。今では借金も嵩(かさ)み、持ち家を売らなければならない状態で、三人目の末っ子は、自分の部屋にこもり何も言わずに親をじろりと見るだけで、学校に通っている。苦労して育てた子供が皆、反抗するのを見ますと、何の為に今日まで育てて来たのか、全く分からなくなり、主人と二人で困っています」。
 こんな話を聞きますと人の哀(あわ)れさを知らされます。結婚して子供を産み育てて、苦労ばかりして、その中に疲れて死んで行く。何の為に人として生まれてきたのか・・・
 しかし、仏様の教えに照らし合わしますと、今日までの中に、こうした事が起きる様な生活をして来られたのだと思います。因(いん)の無い所に結果や報(むく)いはありません。
 結婚してからの生活は、実の母が今日まで育ててあげたお礼にと、小遣いを取りに来て、母はそのお金で旅行等をしているのです。そのうちに、子供が生まれ、生活が苦しくなり、我が子にまともに服も着せられない状態にもかかわらず、母は小遣いを取りに来るので、母が帰った後は必ず主人との争いになり、家を出るとか、別れるとかの話になり喧嘩が絶えなかったそうです。
 そんな苦しい中に、三人の子供を育て、持ち家まで手に入れたのですから、大変な苦労だったのです。
 この奥さんの心は“母の為に苦しんだ”という悪念に満ちた状態で、心の底から恨んでいるようでした。
 確かにひどい母親かも知れませんが、自らの業と悟って、母を許し、慕(した)う心になって、主人と共に、明るく思いやりのある家庭を築く事が大切ではないでしょうか。明るく楽しく生きる道を見つける、それが信仰です。

 四十歳の母親が、中二の男の子の事で毎日苦しんでおられます。この方は、五年ほど前に主人と性格が合わないと言って離婚し母子家庭となり、子供だけを頼りに働きながら、一人息子を育てて来たのですが、その息子が半年程前から急に学校を休む様になり、良くない友達とも付き合い、金遣いは荒くなるし、煙草も吸うようになった。困って、先生や親戚の人に注意をして頂いたらますます荒れてしまい、子供が、
 「気が合わないから、お父さんと別れたんだろう。お母さんも好きな様にしている。僕だって自分の好きな事をして何が悪い。僕の思う様にして行く」
 と言って反省する気配はありません。 
 この話を聞きますと、子供は何も言わなくても、両親の行動を見て育って行くという事が、よく理解できます。反省するのは親の方で、子供は親と同じ道を歩むものであり、子供を責めるよりも親の方が自分自身の行動を考え反省懺悔(さんげ)して正しい道を見つけることです。
 ここで多くの人が気が付かない事ですが、親と同じ道を歩むとは、心を中心とした世界です。自分が親に与えた思い、自分が他人に与えた思い、そして、自分自身が思い抱いた思いが、縁(えん)に触れて帰って来たのです。
 もう一つ加えますと、最近十七歳の青年が問題を起こす様な表現がマスコミに登場していますが、社会・学校教育・家庭・親・本人すべてに原因があるでしょうが、この子たちが産まれるに当たり、その胎教(たいきょう)が大きな要因を成しています。問題を起こす子供が、お腹にあった時の胎教を親が懺悔する事とその親が産まれた時の胎教、祖父母の方の懺悔も必要です。戦後の大変な時代に産まれた親、高度成長期に産まれた子供、みんな自分中心の考え方が強すぎたことが言えると思います。

合掌

宝塔第272号(平成14年9月1日発行)