「宝塔」第290号
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 「一蛇首尾の争い」(譬喩因縁経・ひゆいんねんきょう)

 むかし、蛇のシッポが頭に向かってプリプリしながら言いました。「おれはいつもビリにいるなんて、こんな分の悪いことはない」。すると頭は、「シッポさん、お前の言い分はよくわかるが、お前さんには目がないじゃないか。歩こうにも方角がたたないから第一危いよ」と言いました。シッポは「頭のやつ、うまいことを言っておれをごまかそうとするが、そうはだまされんぞ、民主的に公平にやらなきゃ、おれは嫌だ」といって、近くの木にぐるぐると巻きついてストを起こしました。そこで頭はやむなく「そんなに言うのなら仕方がない。一日交代に先頭になることにしよう」と決めました。シッポは大張り切り、大変な勢いで先頭になって歩き出し、盲めっぽう後へ後へ歩き廻りました。蛇は、ついに千尋(せんじん)の谷へ落ちて、頭も尾も共に死んでしまいました。これは譬喩因縁経に説かれている話であります。

 この話は、感謝の心のうすらいだ今日の事をよく表してあります。ここに言う感謝とは貧乏に満足せよという事ではなく「下を見て暮らせ」という意味で、相手の立場立場を正しく見てそこから感謝の心がわきいづるその純真な感謝であり、次の幸福を受け入れる徳を大きくすることであります。信仰を求め向上を望む人々が第一に心がけねばならぬ事であります。
 
私が、あの大東亜戦争でラバウルにて勇士の最後を見守った時、ある勇士は「国に帰ったらお母さんによろしく言ってくれ。お母さん」と口走って旅立ったのでございました。これは二十数年間育てて下さった母の愛が言わしめたのであって、遠い異国の空にあっても母の愛がこの勇士に通っていたのであります。そして多勢の先祖や親の思いが自分達の後ろ盾となって大きな力を与えて下さっているのだと思います。
 
私達が何かを成就しあるいは大きな幸福を得た時の悦びと言うものは誰しも同じように感謝の気持ちで一杯になるものです。この時、後ろに大きく働いていて守っていて下さる先祖や親や多くの人々のお陰を心から感謝し報恩の心で努力させていただくことこそ幸福への近道だと思います。

 写経十年の努力が実を結ぶ

 ある日、七十才を過ぎた老人が来られました。「先生のお陰様で写経を始めて、今日で満十年になりました。心からお礼を申し上げにお参りいたしました」と言って下さいました。
 
その方は、今から十年前に中気で倒れて右半身が動かなくなり病院に担ぎ込まれました。一時はもうだめかと思いましたが、奥様や家族の暖かい看護と誠心によってだんだん歩けるようになり、半年位でよくなって退院されました。
 
退院された日、教会に寄ってお参りされ、仏様に感謝の報告をされました。
 
「家内や家族や先祖のお陰様によって生かされました。有り難い事でございます。これから私は何をお誓いしたらよろしいでしょうか。生かされるご恩を思うと何か出来る事でお役に立ちとうございます」
 
と仰いました。そこで私は指先を動かす事がこういう人の健康を保つためには大事なことだと思いまして、
 
「目に見えぬご先祖や親の思い、ご家族の誠心の思いによってそれまでになられたあなたなのです。その人々の安穏と幸福を願って、写経をなさるとよろしいですよ。題目を毎日百遍ずつ書いて下さい」
 
と申しますと、仏様に誓って帰られました。それから十年、毎日かかさず書かれたのでございますが、よく一つ事を貫いて今日までこられたと感心いたしました。
 「
あの日、家に帰って書き始めましたがなかなか手が動きませんし、指先がしびれて力が入らず、百回書くのに一日中かかりました。大変な事だと思いましたが、生かせていただいた報恩の為に私にはこれ位しか出来ないのだから頑張らなくてはと心にむち打って書きました。だんだんと書けるようになり体もよくなって参りまして、心から嬉しく写経する事が心の支えとなり喜んで書かせていただけるようになりました。リハビリに行くにも自転車で一人行けるようになり、心から感謝の生活がおくれるようになりました」
 と、この十年を振り返って語られました。
 

自動車事故に遭ったが救われる

 ある日のこと、表通りは車の通りが多いので、病院に行くのに人通りの少ない裏通りを自転車で通っていました。交差点で信号待ちしておりますと、青になったので進みました。すると右の方から自動車が出て来まして、自動車が私の自転車にぶつかりました。大きな音でドカンと来まして私は空に放り出されました。そして私は自動車のボンネットの上に落ちたのでございます。
 
ふと見ると自転車は自動車の前輪の下に入ってクシャクシャになっております。しばらくポカンとしてボンネットの上におりましたが、運転手さんが車から出て来て、「おじさん、大丈夫か」と声をかけられて、われに返りました。
 「
大丈夫。お尻の方がちょっと痛いようだけれど大丈夫だ」と言ってボンネットから降りようとしますと、運転手さんが抱いておろしてくれました。見ますと運転手さんは二十才位の青年でありました。「おじさん、病院へ行ってもらおうか」と言いますので、「いや心配するな。病院へ行かんでもいい」と言いますと、自分はこう言う者だと言おうとしますので、「名前も所も言わんでくれ、名前や所を聞くと罪を作るので知らん方がいい。それよりもこの自転車を車の下から出してくれ」と言いますと、自動車の下からクシャクシャになった自転車を引きずり出してくれました。
 「
おじさん。大丈夫?」と言います。「なあに、大丈夫だ。どこも悪くない。それよりもお前の自動車は動くか」と申しますと、「動きます」と言うので、「そんなら早く行け。みんなが見に来るとまずいから、早く行きなさい」と申しました。すると青年が、「おじさん、いいかね」と心配げに言います。「うん、いい心配するな。早く行け」と申しますと、青年は、私の手を握って涙を出して「おじさん有り難う。行ってもいいかね」と念を押して泣きながら私に頭を下げて行ってしまいました。
 
私にも、子供もあるし、その子供がどこで事故にあうかもしれない。この青年を許しておけばいいのだ。ボンネットに落ちた時、「ああ有り難い仏様が両手をさし出して私を受けとめて下さったのだ。仏様に守られた私が何で青年を苦しめる事が出来ようか」と思い許させていただいたのでございます。
 
自転車は近くの自転車屋さんに頼んで始末してもらい家に帰りましたが、体には何の異状もなく、「守られているのだなあ」と心から感謝いたしました。
 
その後、何ともなく元気で暮らしておりましたが、十日位たったある日、その青年が尋ねて来てくれました。よほど嬉しかったのでしょう。「今日、おじさんがやっと見つかった」と嬉しそうに家に入って来まして、「ぼく、あれから毎日おじさんの家をさがしておりましたが見つかって有り難い、おじさんどうもないですか。おじさんのような人に会えてぼくは本当に嬉しかった」と見舞い物を持って来ました。「これ、ぼくの気持ちです」と言って差し出しましたので、「そんな物もらおうと思っておらん」と申しますと、「いや、ぼくの心が許しません。取っておいて下さい」と言いまして、本当に有り難うございましたと深々と頭を下げていました。「これからは、きっと安全運転で二度と事故は起さないようにしますから、きっと守りますから」と言ってくれました。私は本当に嬉しく、毎日の写経の功徳が自分を守って下さり、又この青年の心を正しく導いて下さったのだと思うにつけ、懸命で書き続けさせていただかなくてはと努力させていただいております。
 
間が悪ければ一命を落とさなければならなかったかも知れませんが、信仰の功徳によって青年の心を救い自分も救われたのであります。
 今日あるはすべての人々のお陰であり先祖や親のお陰様と感謝して、自分のなす事が少しでも人々のお役に立つようにと願ってする事こそ仏の教えを守る事だと思います。写経の尊さと仏の教えの有り難さ、そして教えを正しく理解して生活の中に実行していく事こそ大切なのであります。お陰様で生かせていただく。だからこそご恩に報いる今日であり、喜びに生きる人生でありたいと願うものであります。

合掌

宝塔第290号(平成16年3月1日発行)