「宝塔」第291号
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 極楽は西にもあらず東にも
 
北みち(来た道)さがせ南(皆身)にぞある

  お釈迦様が、教えを広める為に舎衛国(しゃえいこく)のある町をお通りになっている時でした。そのすぐ前を、年寄りの魚屋さんが、重いかごをになって売り歩きながら、ぶつぶつ文句ばかり言っていました。
 
「ああ、こんな老いぼれを残して罪科(とが)もない息子を死なせてしまうなんて、この世に神も仏もあるものか、息子さえ生きていてくれたらわしもこの年で魚を売って働かなくともよかったのに、思っただけでも腹が立つわい」
 
と同じ事を何度も繰り返している。
 
お釈迦様は、年寄りのその言葉を聞かれると珍しくにっこりと声を立てずお笑いになりました。いつも、そばに仕えているアナン尊者はそれを見て、お釈迦様は「相手の気を悪くしてはいけない」とおっしゃって、めったにお笑いになるようなことはなかったので立ち止まって聞きました。
 
「お釈迦様、今日はなぜあのお年寄りの魚屋さんを見てお笑いになりましたか。きっと深い訳があったに違いありません。みんなも不思議に思っているでしょう。その訳をお聞かせ下さいませ」
 
と申しますと「よしよし、アナンよ、よく尋ねた」とお釈迦様は、上機嫌で「何でも、わからない事を尋ねる事はよいことです」とアナンをほめて答えられました。
 
「あの年寄りの魚屋さんは、毎日漁に出かけてたくさんの魚のかけがいのない生命を奪いながら、いまだかって憐(あわれ)みの心なく、この尊い魚の生命によって生かされている感謝の心をもった事もなく、愚痴と不足にあけくれる、そのおそろしい罪が自分の身に災いして、息子が先に死ぬと言うような悲しい目にあったのだよ。それに気がつかないで神や仏の仕業でもあるかのように恨み叫んでいるのは愚かだと言わねばならない。私が笑ったのは、その愚かなる振る舞いなんだよ」
 
とおっしゃいました。アナン尊者と一緒にお話を聞いていた多くの弟子たちも、深く心にうなずきました。それを見ながらお釈迦様は、
 
「愚かなる行いをやめ善き因縁に恵まれて、仏となる道を片時も心を緩めずしっかりと見つけ出すのだよ」
 
と念を押すようにやさしく教えられました。みんなはまたうなずきました。

 今日あるは親のおかげと感謝して

 ある日の事でした。中年のご夫婦がご相談に教会へ来られました。
 「
実は高校二年の息子の事ですが、この頃友達が悪いのか学校をさぼり、成績はまんざらでもなかったのに全く勉強しなくなり皆目だめになりました。
 
親としては一人息子ですから大学位は出してやりたいと思っております。それがこの頃では、夜遊びも多くなり服装も変な格好で何とも言えぬ姿で、言葉も悪くなり手に負えなくなってどうしようもなく『末に苦労するだけだから勝手にしやがれ』と思う事もございますが、それでもと思い、
 
『勉強しなさい、そんな格好はやめなさい』
 
と注意いたしますと、
 
『俺の気持ちでこれがいいと思うからやっているんだ、喧(やかま)しい事は言うな、おれのやりたい事をやって何が悪い、おれの勝手やないか』
 
と怒鳴るのです。どうしてこんな子になったのだろうと思うと悲しくなってきます。それでもと思いこの間も色々と話しましたが聞き入れてはくれず、
 
『喧しい、東京の学生のようにしてやろうか』
 
と言ってすごく私達をにらみつけました。東京で学生が親をバットで殴り殺した事件のことを言っているのです。それを思うと夜もろくろく寝られません。何とかして息子の心を直したいと思いまして来たのですが、先生何とか救って下さい」
 
とおっしゃいます。
 「
息子さんの行状を聞いていますと、親のあなた方も辛いでしょうが、それ以上に息子さんは苦しいのだと思います。
 
誰でも仏心は持っております。親を泣かせている自分を責めながら、それでも学校へ行けない自分では勉強しようと思っても勉強がはかどらない、流行の格好がしてみたい、自分のやっている事はいけない事だとわかっていても何かの業によって押し流されてだんだん濁流に流されていく自分をきっと心の底では悩んでいらっしゃる事だと思います。どうでしょうか、子供は親の踏んだ道を通ると申します。親が針で子は糸であり、針の通った後を糸は必ず通るのです。あなた方の親に対する行いは正しかったでしょうか。一度ここで自分が今日まで来た道を振り返ってごらんになって下さい。
 
親のお陰と感謝していますか。
 
立派な体に育てて下さったのはどなたのお陰でしょうか。
 
この世の中に生を得られたのは誰のお陰様でしょうか。

 
自分一人で生きて来たのではなく生かされて来たのです。あなた方の心のどこかに間違いがなかったでしょうか。今でも親を尊敬していらっしゃいますか。親を思う心に勝る親心とおっしゃいますが、親を悪く思う心に子を悪く思う業の流れがそうさせるのだと思いますが、親様にどんなお仕えをして来られましたかお話し願えないでしょうか」
 
と申しますと、ご主人がおっしゃいました。
 「
先生よくわかりました。私の在所は山深い田舎でございまして、何不自由なく生活していました。実は私が中学二年生の頃、父親が亡くなりましたが、母が私達兄弟を一生懸命働いて育ててくれました。
 ところが、その
母が、時々、私の一番嫌いな村の有力者と楽しそうに話している事がございまして、子供心にもこの母が憎く嫌いになって来まして、ようし中学を卒業したら、こんな家にはおらんぞ、自分一人できっと成功して見せると決心して、中学卒業と同時に村を出ました。
 
この村へは一生涯、帰らぬと心に決めて出てまいりまして、色々と苦労いたしまして今日では恥ずかしくない生活の出来るようになったのでございます。
 
そうすると母を恨み、その有力者を嫌ったことにより、大事な息子がその業によって押し流されて、こんな事になったのでございましょうか」
 
 私:
「そうです」
 ご主人:「
考えてみると、『親の心子知らず』とおっしゃいますが、私の一途な心が間違ったのでしょうか。先生どうすればよいのでしょうか。私の心の間違いが息子を間違いの道に、落としたと言われますと、どうしたら息子が救われて来ましょうか」
 私:「
それは先ず在所へ行って母に謝る事です。そして母を喜ばせる事です」
 ご主人:「
どうしても在所へ行って母に会わねばいけませんか」
 
 
「そうです。母に会って長い間の親不孝を詫びて、その父のお墓にお参りして、たった一人の母を、私の間違いから苦しめて申し訳ございませんでした、と懺悔(さんげ)する事です。そして父母から不孝を許されたとき、あなたの息子が救われて来ますよ、そして正しい心によみがえって来ます」
 
と私は最後に申しました。お二人は、運命の開ける道を悟られ喜んで帰られました。それから後、お二人は早速、在所に帰られ母は喜んで迎えて下さったとのことです。
 
帰郷の折を振り返って、ご主人は、
 「母は、
 
『わしの生きているうちに、お前に会いたかった、そしてお前が家を出ていった原因は、よく知っていたが、本当の事を話してお前に納得してもらって死にたいと、常に亡き父さんのお墓で話しておった。父さんが、お前をわしに会わせて下さって有り難い事だ』
 
と喜んでくれました。心の傷もすっきりして、やはり親の気持ちが身にしみて、こんなによい母を長い間、恨んで、憎んでいた私が、本当に悪い人間だったと心から、懺悔(さんげ)が出来ました。それから休日には、母を訪ねては喜ばしておりますが、息子もだんだん心が優しくなって来てくれまして、今では遊んだ分を取りもどさねばと、勉強していてくれます。
 
『おれは何であんなバカなまねをしたのだろう』
 
と私に言っておりますが、『お前が悪いのではない、みんなお父さんが悪かったのだ』と仏様を通じて息子を拝めるようになりました。教えの尊さが、身にしみて一家の救われた事を、心から感謝しています」
 
と喜んで報告して下さいました。

                              合掌

宝塔第291号(平成16年4月1日発行)