「宝塔」第299号
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 幸福は外に求めるものではなく
 
自分の心の中にある

 昔、ある所に一人の男が住んでいました。一生のうちにせめて一度でもいいから幸福になりたいと願っていました。毎日、神に向かって幸福を授けてくださるよう真剣に祈っていました。
 
すると、その甲斐あってか、ある夜、彼の家の戸を叩くものがいます。誰かと思いつつ戸を開けてみると、外に立っているのは『吉祥(きっしょう)』という幸福の女神でした。男は飛び上がらんばかりに喜んで家の中に招き入れようとしました。すると女神は、
 
「ちょっと待ってください。私には実の妹がいて、何時も一緒に旅をしているのです」
 
そして、後ろにいる妹を紹介しました。男はその妹を見て驚きました。美しい姉とは裏腹に、何とも醜い女神がそこに立っていたのです。
 
「あなたの本当の妹ですか」
 
男が聞きますと、
 
「申し上げた通り実の妹で、名を不幸の女神『黒耳』と申します」
 
「あなただけこの家に入って、妹の方はお引き取り願えませんか」
 
「それは無理な注文です。私たちは、何時もこうして一緒に連れ添わなければなりません。一人だけ置き去りにする訳にはいかないのです」
 
男が困惑していると、幸福の女神がさらにこう言いました。
 
「お困りならば、二人とも引き上げましょうか」
 
男はすっかり困り果ててしまいました。これは幸福の女神と不幸の女神が一心同体であることを説いた仏説の一節です。
 
またこんな説も伝わっています。昔ある所に一人の貧乏な男が住んでいました。毎日の生活が苦しいのは貧乏神がそばにいるからだと考え、それから離れてどこか遠い所へ行って福の神を見つけようと思い、家を出ることに決めました。
 
出発の前日、準備をすべて済ませ寝ようとしますと、何か庭の隅でごそごそと音がします。よく見ますと、ボロボロの着物をまとって髪の毛も伸び放題の痩(や)せ衰えた人物が草鞋(わらじ)を懸命に作っておりました。
 
「あなたは誰ですか」
 
と聞きますと、その人は、
 
「私は貧乏神です、明日、この家の主人が福の神の所へ行かれると聞いて、お供をしなければならないので草鞋を作っているのです。実は福の神というのは私の兄なのです。私たちは別々になれない兄弟なのです」
 
男は驚いて途方に暮れましたが、やがて、苦労せずに楽をしようとした我が心の浅ましさに気づき心から反省しました。
 
「艱難辛苦(かんなんしんく) 汝を玉(たま)にする」と言う言葉がありますが、幸不幸を感ずる心は自分以外のところにあるのではなく私たちの心の持ちようによってどちらへも傾くことが出来るのであり、苦を乗り越えてこそ真の幸福があることを悟ると本当の生きる喜びが分かったということになるのです。
 
幸福を望まない者はありません。秋晴れの田園に稲の穂が実って黄金色の波が寄せている。そんな風光が望ましいに違いありません。しかし、どんなに幸福な人でも何時しかその生活に慣れてくると、愚痴や不足が出てくるものです。生活の隙間(すきま)から不幸という名の風が忍び込んできます。しかし、いくら不幸になったからといってその苦しみに負けないで明日への希望をもって心を新たにして努力しなければなりません。
 
厳しい冬がやって来て、それに耐えてはじめてうららかな春がやって来ます。春一番に芽を出してくるふきのとうは、冬のうちに芽を出す用意がされているのです。苦しいこと辛いことを乗り越えて幸福の芽が伸びて本当の生きる道が開けてくるのです。反省と感謝と懺悔(さんげ)があなたの尊い人生を安穏(あんのん)に導いてくれるのです。

 ある日、老婦人が訪ねて来られました。
 
「私は不幸な女です。どうしたら良いのか分かりませんので相談に参りました」
 
と言って語り始めました。
 
「私は年頃になって、とても良い主人のところに嫁ぎました。二人の子供が生まれるまでは平和で楽しい生活でしたが、主人が病気で亡くなったので、子供を連れて実家に戻りました。実家には老父母が健在で、弟が大きな老舗を継いで、とても忙しい毎日でした。
 
弟が申しますのに、
 
『家が忙しくて老父母の世話が出来ないので、姉さん、子供を育てながら老父母の面倒を見てもらいたい。それに家事も手伝ってもらえれば助かるのだが』
 
いまさらよそに働きに出るより老父母の面倒を見させてもらって一緒に生活した方がよいと思い、また老父母も同じようにおっしゃるので、家事の手伝いや老父母の面倒を見ながら二人の子供を育ててきました。弟夫婦もよい人たちで何不自由のない生活でしたが、そのうちに父が亡くなり、母も亡くなって、私は家事手伝いに専念いたしました。二人の子供も元気で育ち、やがて大学を卒業して大きな会社に就職しました。次男の方は、ある立派な家に婿養子(むこようし)となって行きました。
 
老父が亡くなるときに長い間面倒を見てくれたことを感謝し、俺たちが亡くなったら、あの子は何処へも行く所がないから、家を一軒やって余生を気楽に暮らせるようにしてやってほしいと頼みますと、弟はそれは当然の事だと、近くの家を一軒、私の名義にしてくれました。長男夫婦と共に孫の守でもして楽しい余生を送ることが出来ると思い、懸命に働きました。
 
いよいよ長男が結婚することになり、親子で暮らすことが出来ると喜んでいました。ところが長男たちが、あんな古い家には住みたくない、新しく建て直してくれと申しますので、私の面倒を見てくれるのならばと言いますと、長男たちは、親の面倒を見るのは当然だと答え、その代わり僕たちの好きなように建て直させてくれと申しました。それも良かろうと思い、私は老後のためにと長い間働いて貯めたお金を全部長男に渡して新築させ、長男夫婦は新築の家に住み、私は前に老父母が住んでいた家に住むことになりました。そのうちに本家の長男が嫁を貰うことに話が進み、結婚式の日取りも決まり、老父母の家に住むような様子でしたので、この機に長男の家に帰ろうと思い、そう告げますと、私たちはあなたの面倒を見ると言った覚えはない。嫁がお母さんが来るのなら私たちは離婚しますと言って断ってきました。
 
私は驚いて口もきけず、ただ涙が出るだけでした。幸い本家の弟夫婦がとても良い人で、一人でも生活して行けるようにと厚生年金を掛けるようにして下さいましたが、これ以上迷惑をかけられませんので相談に参りました」
 
とこんな話でした。そしてお話ししたことは、
 
「あなたは今日まで不幸だと思い続けておられるようですが、わざわざ不幸な事を取り上げて思い込んでいるのではないでしょうか。別の角度から人生を振り返って見て下さい。弟夫婦が良い人であったからこそ実家にも帰ることが出来、老父母の面倒を見させて頂いて徳を積むことが出来たのです。その感謝が足りなかったのではないでしょうか。あなたは姉という気持ちだけで弟夫婦に対して尊敬の心もなく、我儘(わがまま)が多すぎたのではないでしょうか。子供の頃に育った実家は、いったん嫁入りして戻ってきた時、家は同じであっても今度は立場が違うことを知らなければなりません。弟夫婦に、我儘な姉をよくも今日まで我慢して一緒に暮らして面倒見て下さったと手を合わせて拝み、心から感謝することと、老父母と主人の心中をよく察して、亡き親と主人に感謝の合掌を捧げることが大切です。一人で悩まず弟夫婦に正直に言って身の拠(よ)り所を相談しなさい」
 
と話させて頂きました。
 
好むものは受入れ、嫌いなものは遠ざけるという心を捨て、与えられたご縁の中に喜びと感謝を見出し「人生は苦なり」と腹を据えて、そこから出発すれば、必ず、明るい明日が見えてきます。

                              合掌

宝塔第299号(平成16年12月1日発行)