「宝塔」第314号
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 子育てとは 親の心にふれること

 親は子供を育てるのに一生懸命になり、ある時は先のことも考えずに善し悪しも忘れることがあります。
 新聞やテレビのニュースで、育児に疲れて自殺をしたとか、親子心中をしたなどと聞きますが、この親はこの子を残していけば不幸になる、私がいなければ可哀相だと思い込んで死の道連れにするのでしょう。この子は私の思うようにしないから駄目になると思い込むことが一番の原因のようです。今は少しぐらい勉強をさぼっても頭の出来
が悪くても、将来は自分のことを自分でしっかりと守っていく人間になるかもしれません。親の思い通りになることが善いとはかぎりません。
 本当に子供のことを思うなら親のことを思い起こし、うるさかったり、気難しかったり、よく叱られたり、子供のころに病に罹(かか)ったときには一晩中一睡もせずに看病して育ててくれたことなどを忘れているのではないでしょうか。子供は親の行いをじっと見て育っていくものです。
 どんなに子供が小さくても、親が祖父母を大切にしていなければ、子供にはこんなふうに親に逆らっていくものだと教えていることになるのです。
 私の長男が三歳の時でした。風邪をこじらせて肺炎に罹り、熱が上がり息苦しく、小鼻をぴくぴくさせて顔色もなく苦しんだことがありました。そんな姿を見ると、いても立ってもおられない気持になり、往診に来ていただいた医者にいろいろ尋ねましたが、医者は首を傾げられて、後で薬を取りに来るようにとだけ言われました。なかば駄目かもしれないと思いながら、井戸水を汲(く)みかえて一生懸命に頭を冷やしました。本当に神仏に祈るばかりでした。
 このとき、亡くなった両親のことを思い出しました。戦時中、私が二十歳の時、南方方面に出兵をしていましたが、マラリアに罹って内地送還となり、呉(くれ)の海軍病院で療養をしていますと、手紙もまだ出していないのに、突然面会者があるとの連絡があり、面会室まで行くと、母親がモンペ姿で来ていたのです。
 私の顔を見るなり、目にいっぱいの涙をためて口をついて出た言葉が「手があるか、足があるか」でした。「手も足もあるよ、マラリアだから熱がおさまればなんでもないんだから、そんなに心配しなくてもいいよ」と答えましたら、母親はホッとした顔になり、「元気でなによりだったね、家の者もみな無事でいるから」と言いながら、モンペのポケットから人に見られないように芋でつくった炭酸まんじゅうを三個出し「早く良くなるのだよ」と言ってくれました。
 愛知県の田舎から汽車を乗り継いで三日もかけて来たのです。汽車のなかで、負傷をして手がないかもしれない、足がないかもしれない、病が重くて死にかけているかもしれないと、どんな思いをしてきたのだろうか。
 母のやつれた顔を見ながら「おふくろの方こそ無理をしてここまで来なくてもよかったのに。どうしてここにいることを知ったの」と尋ねてみますと、海軍病院に勤めている方が私のこと知り、家のほうに連絡されたとのことでした。気をつけて帰るようにと申しますと、その方が守衛の所で待っていて呉の駅まで送ってくださるそうです。
 母から渡された炭酸饅頭はそんなにおいしいものでもなかったのですが、母親の匂いが懐かしくて涙がでました。後になって聞いたのですが、母は病気で寝ていたのに、私のことを知ると、今から呉まで行ってくるからと父や兄夫婦の止めるのもきかず、三日がかりで食べる物も食べずに水だけで来たのでした。当時、乗り物は軍用列車が優先で一般の人は汽車を乗り継いで呉まで来るのは大変なことでした。たった三個の炭酸まんじゅうを持って、それも自分は食べずに私に渡して帰ったのです。自分の身体のことより子供のことしか考えなかったのです。田舎の無知な親でしたが、子供のことになるとどんなことでもしたのです。
 こうしたことをいつの間にか忘れ、今は自分の家族のことのみを考え、肺炎で苦しんでいる我が子におろおろしているだけでしたが、子供の姿を見て、今のことを思い出したのです。顔も姿も見ることの出来ない遠い病院にいる子供のことで病をおして見舞いに来てくれた母親の気持ちが分かり、いつの間にか忘れてしまったことを死んでいった両親に心から詫び、親ほど有り難いものはないと思い出させていただくことができたのです。
 今、看護をしながら、親に感謝するとともに懺悔(さんげ)して子供の頭を水で冷やしていますと、一時間ほどで顔に赤みがさしてきました。熱を計ってみますと、ずいぶん下がっていて、呼吸も楽になりました。一安心して薬を飲ませてみますと、全部もどしてしまったものの、すっかり良くなっていたのです。
 翌日、往診代と薬代を払いにいきますと、既に死亡診断書が出来ていて、悪かったねと医者が言われました。いや元気になりましたからと申し上げますと、びっくりされた様子で再び往診に来られました。子供の元気な姿を見て「これは奇跡ですよ。良かったね」と言われ、お帰りになられました。
 医者は昨夜のうちに、すでに息が絶えていると思って死亡診断書を書いておかれたそうです。
 元気に快復した我が子を見て、心から喜ぶとともに両親に感謝して、これからは命日に供養することを忘れないようにと誓うことが出来ました。
 私たちは自分の子供のためには一生懸命になりますが親のことはいつの間にか忘れ、まして健康で年老いた両親は邪魔者扱いで、病気で入院でもすると、家の中が一人減ったぐらいにしか思わない人もいます。
 『子供を持ってはじめて知る親の恩』と昔の人の言われたことがしみじみと心に響きます。それが分からずにいる人が多くなりますと、これからの世の中、先祖から私たちへ、私たちから子供へと親の心を伝えていくことがなくなり、ますます子供は親から離れていき、子供を育てる難しさがでてきます。
 このように大切なことを教え知らせていただくことが信仰の道なのです。お経のなかにも、父母の恩の尊さと報いることの大切さがさまざまに説かれています。いかに正しい信仰を私たちが持たなければならないかを知ることができます。ただ教えを広めることが信仰の本質であるように説いているところもあります。
 何よりも大切なことは、毎日の生活のなかに感謝と喜びを見いだすことで、ここにこそ信仰の尊さがあるのです。
 仏説の中に『毒蛇と乳牛の譬え』があります。ここに清らかな泉があります。こんこんと湧きいでて池になり、その水を毒蛇が飲めば毒をたくわえ周囲に害をなし、乳牛がそれを飲めば乳となって多くの子供や周囲の人々に大切な命の糧となるのです。『人間、その人の考え方によっては毒にも乳にもなる』という譬えです。
 自分を中心にしてすべての人を見れば、この世の中はおのおの顔が違うと同じように心の思いも考えも違い、一つとしてその人の思うようには行かない場合が多い。
 育児という大切な仕事も、自分を中心にして思い通りに育てば満足できるかもしれませんが、それで世の中に出て良いのか悪いのか分かりません。でもその人はやはり自分を中心にした人になることは間違いありません。それは毒蛇と同じで、周りの人に思いやりがなく成長するからです。年老いてから子供のことを思って、さんざん苦労をして育てても少しも私たちに思いやりがないと愚痴をこぼしている人がいます。自分が子供を育てているときに毒蛇か乳牛であったかを知ることです。
 年老いた人、親や周りの人に何時も思いやりを持ちながら子供を育てておれば、その姿を子供が見て育ちますから、乳牛のごとく、何時も多くの人々に喜ばれる人に育つのです。
 仏様の教えは、私たちの生活に大切なことを教えているのです。

合掌

宝塔第314号(平成18年3月1日発行)