「宝塔」第328号
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 心の持ち方一つで

 奈良の薬師寺の五輪の塔は見る角度によってその背景と塔との調和が違って、見る人の心を打ちます。
 人生も心の持ち方で人を見る目も変わります。そして人が変わって見えるのです。善意に見れば、微笑みのこぼれる様な事もあります。悪意を持って見ると、腹立たしく怒りの心を持ってしまうのです。人には食べ物でも好き嫌いがある様に、人の性質によっても、それが現れてきます。人がこの世に生きて行くには一人では生きる事が出来ません。人と人との付き合い、結婚もその一つで夫婦が共に同じ物を好み、同じ趣味を持っているとは限りません。毎日の生活の中では、時として、つまらない事でいがみ合う事もあります。夫婦とは大凡(だいぼん)にして、相反する性質を持った場合が多く、よくおしゃべりをする奥さんには無口な主人であり、呑気な奥さんには気難しい主人をと言う様に。その様な家では子供が生まれ育って行く過程でよく争いが起きる。
 ある家では主人が酒を飲んでは帰宅する様になり、毎日家の中では晩酌をする酒の量もふえてくるので、奥さんは主人が肝臓でも悪くしたらとのことから、いさかいが絶えない家もあります。ある奥さんの事です。
 主人が毎日毎日お酒を飲んでは荒れるので、信仰を求めて来られました。そこでお話を致しました。
 「貴女が娘時代に父親を嫌った事により、そうした主人を持たれることになったのですよ、貴女の主人も結婚をされた当時から、お酒飲みではなかったでしょう。結婚されてからだんだんとお酒の量が増えてきたのと違いますか」
 奥さんはその通りだと言われました。
 娘時代に、父親がお酒のみで少し酔うと母親に向かって、からんだ様な言葉で、いじめているのを見ては、嫌な思いでいたのです。その気持ちがだんだんと強くなり、どうしても父親を見る目が悪くなって来たとの事です。その様に父親を憎しみの心で見て来られた方は、良い主人を持つ事が出来ないのです。ですから亡くなられたお父さんに懺悔(さんげ)の心で主人が悪いのではなく自分の罪が主人に乗って、主人がお酒を飲むようになった事を悟られたのです。それからは毎日主人を拝む様に日暮らしをされる様になりました。三人の子供が出来ましたが、常に子供たちには、お父さんは毎日働いて疲れているから、こうしてお酒を飲み、又明日元気に働いてもらいますから、お酒を飲んでも、嫌な気持ちでお父さんを見ない様にと、主人をかばう様に、子供たちと生活を続けられたのです。主人が身体を悪くされた時、仕事を休んで養生をする様にと、自分が働きに出掛ける様になりました。そんな月日が流れて主人が家の中で一升瓶を抱えてお酒と共に暮らしてみえたのですが、奥さんの一人の働きでは生活が苦しく、長男は中学を出て就職をしたころ、主人が急に身体を悪くして、五十歳でこの世を去られたのです。主人の葬式の時、私はこれでこの家庭もやっと楽になれると心で喜んだのですが、奥さんや子供たちは、柩(ひつぎ)に取りすがって、こんなに早く亡くなるのだったら、もっとよいお酒を飲ませてあげたかったと泣かれるのです。この姿を見て私自身、恥ずかしい思いがしました。それから三人の子供たちが力を合わせて残されたお母さんを大切にして、今現在、頑張ってみえるのです。この三人の子供たちは、父親に対して、酒を呑んでいる事を少しも悪くみることはありませんでした。奥さんが一言の愚痴もこぼさなかったのが、今日の幸福をよんだのです。一つの事で見る見方を変えて生きる事は大切なことなのです。
 中学の先生が信仰を求め、そこから得たことは人を信じる事でした。
 「自分が担任をしている子供たちの中に出来の悪い子、暴れる子、単車を無免許で乗り回す子等、色々な子供があるが、こんな子供たちもやがて一人前になって立派な社会人となっている人も多いのです。
 今、勉強が出来なくても、横道にそれていても、いつかは立派な人になると信じて子供たちの面倒をみることが大切だということです。
 ある生徒が他人のバイクを盗んで乗り回していたのを警察に補導され、その生徒の母親と一緒に警察に出掛け生徒を貰い受けての帰り道、母親が泣きながら、
 『主人を亡くしてから、この子一人を頼りに四年間頑張って来ましたが、こんな事をする様では何の為にこの子を育てて来たか分かりません』
 と訴えられました。
 その時、話しました事は、
 『仏様はすべての人に仏性ありと説いておられます。今、あなたに必要なことは信じる事ですよ。お母さん、今、この子は横道にそれているが、やがて、立ち直る時が来ます。お母さん、今こそ子供を信じて行く時ですよ。私は、この子は必ず大きく育ち、世間で立派に生きて行くと信じていますよ』
 と言葉強く言いますと、お母さんはびっくりした様な目で私の顔を見てから、みるみる内に目から涙をこぼし、
 『本当に、先生はうちの子をそうした心で見てくださっておられるのですか、有り難うございます。先生がそんなにうちの子を信じてくださるのなら、私ももう一度、子供が何をしていても信じて行きます』
 と泣かれました。
 私もこの母親の子供を信じて行くという一心な思いを見て、信じ事の大切さを一層深く心に銘じました。
 その子供が中学三年の時、病気になって学校を休んだ時、見舞いに伺い、枕元に座って、ニコニコしながら、
 『お母さんも大変でしょう。どうかね君、お母さんが、タオルを冷たくして額の上に熱をとるために、一晩中介抱をして頂いたこと、少しは有り難いとは思わないか、お母さんはお父さんが亡くなられてから、君一人のために一生懸命頑張っておられるのです。お母さんが君を放っておいて、よそへ嫁入りしても君は一言の文句も言えないんだよ。お母さんは自分のことより、君のために一生をかけておられるのです。君も一生に一度くらいは誰かのために自分の人生をかける様な人になれよ。人のために一生を懸けること程、美しいものはないからね』
 こんな話をして帰りました。この子がどんな心で受け取ったか分かりませんが、それからはまるで人が変わった様に勉強に力を入れ、高校へも入学し、卒業後、私の所へ来て、
 『先生有り難うございました。僕も公立の大学へ進学が決まりました。これも先生のお蔭です。
 中学三年の時、風邪をひいて高熱を出して寝ていた時先生が見舞いに来られて、先生の言われる一言一言を黙って聞いている時に、僕も一つ誰かのために一生懸命に生きられる人になろう。誰のためにと思った時にお母さんがタオルを絞っては僕の頭にのせてくれる手を見て、そうだ、このお母さんのために頑張ってみようと思いました。お蔭で公立の大学試験も受かりました。先生が、僕がバイクを盗んで警察に捕まって貰い下げに来て下さった時、母親が泣いて僕を叱りました。その時、先生の言われたことは、信じるとの事でした。その時は上の空でしたが、今になってみますと、だんだんと力強く、その時の先生の言葉が一言一言よみがえって来て、僕が勉強に疲れた時、それが強い力となって、今日の大学の入学通知の運びとなり、すぐに先生に喜んで戴こうと思って来ました』
 と話してくれました」
 とのこと。先生も四年も前に、人を信じる事の大切さを言ったけれども、その後どうなるかは予想もつかなかったのです。この学生の一言から、如何に人を信じていく事が大切かをしみじみと知る事が出来たとのことでした。
 これは信仰をもったある先生の体験です。
 人を見るのに、姿だけを見て、この子はこうだから、駄目だとか、こんな子供になってとか、この様な見方をやめて、本当に人を信じる心の目を持つ事が大切だと思います。
 こうした人生の日暮らしの中にあってこそ、信仰が必要であります。このような大きな信仰でなければ世の中を良くして行くことは出来ません。

合掌

宝塔第328号(平成19年5月1日発行)