「宝塔」第359号
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反省・懺悔

 人はどんな苦しみが起ってこようとも、自らを反省しそこから逃げるのではなくそれに立ち向かって生きていかなければいけません。また、そんな心にこそ大きなもの(目には見えない尊い力)の御守護が頂けるものです。
  三十年ほど前になります。外は雪降り、孤独に悩まされた者には、その心をも凍らせるような真冬の夜です。
 玄関に一人の中年女性が立っていました。こんばんはともごめんくださいとも言わず、ただ呆然としているだけです。寒さのために紅く染まった頬には涙が流れ伝わっていました。
 生気の充満した喜びの心には、周りのものをその喜びの中に導き入れるような力を感じることが出来ますが、反対に苦しみに満ちた心からは、深刻さ、闇のイメージが伝わってくるものです。
 誰しも好んで苦しみの道を辿りたいと願うものはいません。しかし、願わなくても苦しい道を辿っていかなければいけない人のいることも事実です。
 この女性は自らの悲しみに耐え切れなくなり、無意識のまま此処を訪れたようです。心が正気に落ち着いたところで話を伺いますと、こんな身の上を語り出されました。
 「私がこちらに住んで二十年が経ちました。来る日も来る日も苦しみの連続で、耐えるだけ耐えてきました。しかし、もう限界なのです。死を覚悟しております。喜びの世界というものがあり、そこに楽しく住む人があるとするなら、私は地獄の住人です。とても幸せを掴める人間ではありません。なぜ私だけがこうまで苦しんでいかなければならないのですか。神も仏もあったものではありません。
 私の田舎は四国です。生まれて物心ついた頃に私の両親が実の親でないことを直感しました。下に弟がいましたが、弟に接する親の態度と私に接する態度が全然違っていたのです。家族の中ではいつも私は一人ぼっちであるとひしひしと感じたものです。実際に親が本当の親でないことを理解したのは中学三年の卒業近くの頃でした。私はそれを知るや、居ても立ってもいられなくなり、中学を卒業と同時に家を飛び出しました。両親に対しては少しの未練もありません。飛び出して最初に働いたのは大阪の町工場、何分年端もいかないものでありましたから工場長には怒られる、同僚には馬鹿にされる辛い日々でした。けれども、お金が無いと何も出来ないと考えて二十二歳になるまでの六年間を辛抱しました。この間一人の男性と知り合い、私の過去をも受け入れてくれた優しい人で結婚をも約束しました。しかしこの人は二年間だけの幻の人となってしまったのです。彼は病気で亡くなって逝きました。突然のことで私の心はすべて凍りついて、とても立ち上がれるようなものではありません。働く気力も無くなり、結婚のために貯えたお金をも湯水のように使い、見るものすべてが死んでいるように感じる毎日となってしまったのです。死のうと思いましたが亡くなった彼の両親の励ましもあり、働くことで彼を忘れようと思い返しました。しかし、彼のいた大阪には住む気にはなれなく、東京に行くことにしたのです。私は一人で身内はいないのですからどこへ行こうと同じことです。
 時が流れ二十八歳の年、やっと大阪の彼を忘れることができた頃、職場の取引先の男性と知り合い結婚しました。寂しい心を癒してくれるとても楽しい日であったのですが、私たち夫婦には子供が出来ませんでした。主人の希望で、主人の弟の子(女の子)を養子にもらい受けそれこそ私の愛情のすべてをその女の子にかけていきました。主人の仕事の関係からこちらに引越してきて、全てが順調で何も言うことはなかったのです。ところが、皮肉な巡り合わせではありませんか、この大事に育ててきた子が中学を卒業と同時に、まさかこの私と同じ様な運命を辿るとは、出て行ってしまったのです。捜しました、あらゆる手段をもって捜しました。しかし、あの子は帰っては来なかったのです。あの子がいなくなってから、夫婦間もギクシャクとなり、主人とは別れることになりました。またしても私は一人となってしまったのです。子供のことは一度たりとも忘れたことはありません。でも疲れました。何故こんなことになってしまったのか私のどこが悪いのか、私だけが何故こんなに苦しんでいかなければいけないのか、私はもう気が狂いそうです」
 切々と訴える彼女を見ると、仏さまが言われた言葉が思い浮かんでまいりました。この世は忍土(耐え忍ぶ世界)であると、私どもはオギャーと生まれ、胸一杯に空気を吸い込み、それぞれに可能性を秘め一生という時を得ることが出来ました。こんな喜ばしいことはありません。 
 しかし、仏は説かれます。苦しみであると、愛するものとは別れなければならない、嫌な人とは会わなければならない、求めるものが求められない、病気にもかかる、老いる、そして死んでいかなければいけない。これは万人ご同役であります。苦しみ無しにこの世を終わった人などおろうはずがありません。隣近所、一軒一軒を尋ね歩く、あなたの家では苦しみはありませんか、あなたの家ではどうですか。一人一人が答えられるでしょう、苦しみの無い人などいませんよと、皆がその中から頂いた寿命まで、その苦しみを乗り越えて生きていくのです。そして苦しいからこそ、そこから喜びを見出すことも出来るのです。 
 海を眺めますと波を見ることができます。夏の穏やかな天気の昼下がり、波は静かに岸辺を打ちます。それはその音に耳を傾ける者、その小さな波を見つめる者の心を和ませるには充分です。冬の海、冷たい突風が波を荒立てる。とても心を和ませるようなものではありません。深刻そのものです。しかし、海には変わりがない、同じ一つの海の季節による感じ方。人生もその通り、繰り返し繰り返しあざなえる縄の如く、楽しいと思うことも辛いと思うこともやってくるのです。
 仏さまは因縁因果を説かれます。私たちの目の前に起こってくる現象(良いことも悪いことも含め)それらすべては自らが蒔いた種が養分を得て現れてきたものに過ぎないと。養分とは何でしょうか。それは自らの行いとやってくる現象に対する心の持ち方です。現在の苦しみの原因が、すべて自らの過去の行いと考え方によって現われてきたものであると言われる訳です。
 前述の女性は立ち直りました。決して霊の障りや、関わった周りの者の責任でこうなったと責任転嫁したものでもありません。ただ単に自分の考え方を改めたのです。それは穏やかな波、荒立った波を同じ一つの海であると知り、辿った道の責任の所在をハッキリさせたことによるものでありました。
 彼女は言いました。 私がこのような道を辿って来なければならなかったのは、他人の立場に立って物事を見ることが出来なかったのが原因です。私は優しくはなかった。自分だけの幸せ、自分だけの願いを餓鬼のように求め、人の苦しみを理解することが出来なかったのです。四国での両親の心、死んでいった彼の心、彼の両親の心、主人の心、出て行った娘の心、それぞれの人たちが、一人の人間として、それぞれに苦しみを抱えていることが見えませんでした。私には人を愛するということの本当の意味が分からなかったのです」
  人は心からの反省・懺悔によって不思議な力を得ます。とても立ち上がれないと嘆き悲しむ者も、一度その真の原因を知り、心の中を整理することで見るものが一変し自然に力が湧いてくるものです。力が湧かないのであれば、どこかが間違っていると考えるべきです。何時でも何処でも反省懺悔のできる人間でありたいと願います。

 ひかりかがやく大道は さんげの後にあらわれる


                            合 掌

宝塔第360号(平成21年12月1日発行)