「宝塔」第361号
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忍 辱 (にんにく)
           *「耐え忍ぶ」の意

 「耐えなさい」という忠告には厳しく辛いイメージを持ちますから誰もができれば避けたいと感じます。特に若い人にとっては言われれば腹の立つ最大の言葉でしょう。しかし、耐えることが忍辱と言われるように仏の教えの守るべき徳目の一つとなっています。これはどんな時代になっても人を救い、自分を救うことのできる心理の一つであるからです。
 川には堤防が築かれています。元々川というものには堤防はありませんでしたから、いちど大水が出ると川は氾濫(はんらん)し、その流れを変えました。これでは川の近くに住もうと考えている人たちは安心できません。しかし、どうしても生活するためには川の近くに住む必要があります。どうすればいいのか。
 昔から治水事業が国の為政者(いせいしゃ)の大きな課題でした。そこで堤防を築くことで川の氾濫を防ぎ、流れの変わらないようにしたわけです。ところがはじめは堤防を築いてもその耐久力がありませんから洪水となり、多くの人命を奪い農作物にも甚大な被害を与えました。現在ではそのほとんどが解決されたように思いますが、一旦多量の雨が降ればそれに耐えきれなくなった堤防は決壊してしまいますし、耐久力があればあるほどその安全は確実なものになります。私たちが安心して川の側に住むことのできるのは忍耐強い堤防のお陰と言えます。
 忍耐強くあってほしいのは堤防だけではありません。肝心なのは人間の方です。
 ストレス社会と言われるように家庭、学校、会社、地域の人間同士のつながりや生活環境などによって思うようにならないと感ずることも多くあり、それが元なのかいらぬケンカや訳の分からない病気等流行っています。世の中が複雑になればなるほどそれが顕著になってくると考えられますが、小さな問題に頭を抱え、それに圧倒されてしまうようでは長い人生喜びを見つけることはできませんし、周りに迷惑をかけることにもなります。軟弱な堤防に囲まれた村のように常に危険に怯えるよりはその堤防をより強固にする工夫が必要です。
 ここに焼いたばかりの魚があります。あなたが今日の夕食の為に作ったものです。ところがあなたがちょっと目を離した隙に野良猫がやって来てその魚を食べてしまいました。あなたはどうしますか。頭に血が上り、野良猫を追っかけて袋だたきにし、その皮を剥(は)いで三味線にしてしまいますか。せいぜい実行したとしても追いかけるぐらいでしょう。誰も三味線の皮にしてしまうまでやり遂げる人は少ないと思います。これは自分の怒りに対する忍耐力の度合です。もし三味線の皮にする人がいるとするとこの人の忍耐力は0に近い、叩く1、追っかける3、頭に血が上る5、猫も腹が減っていたのだろうと見逃す、忍耐力がだんだん10に近づいて行きます。忍耐があればあるほど傷つけるものが少なくなってくる道理をあらわしています。
 自分が不利益な状況に置かれても相手の立場を考えて行動のとれる人間が真に偉大な忍耐をもった人であると言えます。仏様の忍についてのお話が法華経にはあります。
 過去世に仏様が国王であられた頃、一つの法を求めるために国中に御触れを出しました。

 「もし皆が幸せとなる尊い教えを知りそれを説く者があればその人のためにあらゆることをして仕えます」

 山中に阿私仙(あしせん)と言う仙人がいました。彼はその法を知っている人でした。国王は妻子をはじめ自分の持つすべてのものを捨ててこの仙人に仕えました。食物が欲しいといえばそれを探しに行き、水が無ければどんな場所に行っても汲んでくる。仙人が疲れたと言えば国王はひざまづき背中をイスとして彼を休ませました。この時国王は自分の行いが嫌なことだとは微塵(みじん)も感じませんでした。
 それは何故か。求めるところの法が生きとし生けるもののすべてを安らぎに導くものであり、仕えることが国王自身の心からの慈悲であったからです。このように仏様は過去世に於いて繰り返し修行され、最後にはその法を説き実行できる者となられたのであります。この阿私仙と言われる方が悪逆無道と呼ばれお釈迦様を亡き者にしようとまでした堤婆達多(だいばだった)の前身であります。仏様は誠に慈悲がありそのような堤婆でありましたがこんなことを言われています。
 「この堤婆達多によって、尊い教えを理解する因縁を頂いたのである。何を恨むことができよう。堤婆は私の尊い善知識(心の友)であった」。
 忍の修行によって完成された誰をも傷つけることない境地の一つであると思います。
 宮本武蔵、太平記など多くの時代小説を書かれた吉川英治さんが残された言葉があります。
 「我れ以外 我が師なり」
 自分以外はすべて自分の師(先生)である。人生、出会う人には好きな人、嫌いな人と様々です。だからといって自分にとって心地良い人は近づけ、良くない人は遠ざけることであれば人間の成長はありません。この二つを受け入れてこそ人生を大きな視野でみることもできるのです。吉川氏の小説が多くの方に愛読されることは、小説自体のよさもさる事ながら彼の残された言葉にもあるように好き嫌いを乗り越え、出会う人すべてが自分を成長させて下さった尊い人たちだと感じとれる彼自身の徳にあると思います。これは正しく苦労の中から培(つちか)われた忍の徳と言えるでしょう。
 人の欲望は大きく、仮に宇宙の果てまで行ったところでそれがなくなることはありません。そこで足ることを知るように欲望もほどほどが一番よく、自らの分限をよく知って、そこに満足を得ることが必要です。
 水族館には小さな水槽に魚が押し込まれて泳いでいます。魚にしてみれば大海で泳ぐことを本望としていると思いますが、水族館に連れて来られればそれも叶いません。1メートル四方の水槽の中で三〇センチもあろう魚が泳いでいる姿はやはり不自然さを感じさせます。そのように魚も感じたのか、そこから逃げたい一心で顔を水槽のガラスの内側にぶつけ鼻先を赤くしているものもいます。どうあがいても大海には行けないと感じたものだけが、悟りを開いたかのようにその小さなスペースを悠々と泳いでいるようです。これは魚が経験によって大欲を小欲にし、そこを一生の住処(すみか)とする覚悟をした現われかも知れません。ここに幸せのヒントがあるようです。
 確かに人間にとって耐えることだけを感じて一生を過ごせと言われればそれには耐えられないでしょう。ところが人間には頭があり、心があります。これを放っておく必要はありません。寒い時には暖かくする方法を知っています。貧乏になればなったで工夫してそれを乗り切るだけの力は備わっているのです。ましてや心があれば工夫次第で苦しく耐えなければならないことでも喜びにかえることができるはずであります。それが一つの悟りといえるのです。四苦八苦の世界と言われるように逃げようと思っても逃げられない苦しみがやって来るのが現実です。早々楽しいことばかりがやって来るわけではありません。耐えることも必要なのです。耐えることの出来なくなった世界があるとすればそれこそ混乱そのものであると予測できます。不幸そのものなのです。
 耐えて得たものは私たちが考えている以上に大きなものになります。そこで掴んだ智慧は誰もそれを奪うことはできません。あなた自身を救います。またその智慧はあなたの徳となり魅力となって周りの人をも救うことにもなるのです。忍の徳を養いたいものであります。

 私は耐えているなどと思ったことはない
 だから苦しいと感じたこともない
 これが自分の使命だと喜んでいるから

                木曽川堤防


                            合 掌

宝塔第361号(平成22年2月1日発行)