「宝塔」第365号
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人には持って生まれた宿業がある

 人の一生には色々な人生があります。
 生まれながらにして身体障害者として、目の見えない人もあれば、物の言えない人もあり、病弱な体で生まれて来て、一生、医者通いで行く人もある。一生、苦労を背負って行く人もあれば、のんびりと暮して行く人もあります。こうした事を仏様の教えに照らし合わせて見ますと、すべて前世から持って来た業の故であると説かれています。
 私の知っている方で、この様な方がおられます。5歳で父母が離婚をして、母親に育てられて来ました。母親は保険会社のセールスをして生計を立てながら、子供を育てていました。その子が小学生になると、ご飯を炊く事を教えられ、味噌汁の作り方、又漬物の作り方も教えられました。毎朝、薪でご飯を炊くのです。薪で炊くご飯は、お焦げを作ったり、芯のあるご飯であったりする度に火吹き竹で頭をこつかれたりして、泣いて、色々な事を覚えてきました。今の世の中のように、ガスや電気炊飯器のある時ではありませんから苦労をして覚えたのです。夕食の仕度をしてお母さんの帰りを待つのですが、夜の十時過ぎでなければ帰らない時でも、先に食べる事も出来ずにいたり、又、あんまり遅くなると、一人でいるのが怖くなったり、疲れ果てて寝てしまうこともあったそうです。小学校三四年生頃になって、友達の家にはお父さんがいて楽しく暮らしている事を知り、何故、私のところにはお父さんがいないのかと疑問を持って、お母さんに聞くと、「家にはお父さんはいない」との一言でした。いつの日か、お父さんと喧嘩をして別れた事を知りました。お父さんの方へ私がついていればこんな苦労をしなくてもすんだかも知れないと思うようになり、お母さんを批判的に見る様になりました。そして一日も早くここから出たいと思う様になり、学校を出たらここを出ようと決心して、母親に対して物を言わなくなったら、母親が、「この頃おしゃべりをしないね」と話しかけましたが、相変わらず無言でいる時が多くなりました。中学高校と進み、高校を出るとすぐ家を出て、住み込みで働く所を見つけて働いていると、目の前に優しそうなお兄さんが現われて、その人と同棲生活を始めました。ところがその主人となる人は賭け事が好きで自分で働いたお金は使い切り、その方の稼いだお金までも巻き上げては出て行く様になりました。その時、お腹に子供がありましたから歯を食いしばって働き子供を産みましたが、お金が有りませんでしたので、捨てて来た母を尋ねてお金を借りに行きましたら、何も言わずに出してくれました。その時は本当に有り難いと思いました。辛抱して暮らしている中に、又子供が出来ました。生活は苦しいばかりでしたので、子供を二人連れて家を出て、母親の元へ帰りました。母親は「あんたは馬鹿だ、勝手な事をするからそうした事になる」ときつく叱られましたが、外に行くあてもありませんでしたので、そこで辛抱をして、外に出て働きながら子供を育てていました。或る建築会社の事務員として働いていましたが、もう三十一歳になるので何か自分でもハッキリしたものを掴(つか)んでおきたいと思う様になっていました。もう一度、身を固めて暮らす事を考えたのでしょう。その会社の長男の方と親しくなって来ましたので、この人と結婚したいという気持ちが湧いて来ました。色々と話を聞いてみますと、お金を持つと外へ出て行き、お金のある間は家には帰らないとのこと、三十歳に成ってもお嫁さんも無いので淋しいから出るとのことでした。この人と一緒になったら家に居てくれると思い、決心して母に話しますと「貴方は一度失敗をしているのに、又、そんな人と結婚するの、止めときなさい、お母さんは絶対反対です」ときつく言われましたが何時までも母親の世話になっていても、小さくなって暮さなければならないのなら、何処で苦労をしても同じと思い同棲をすることにして二人の子供を連れてアパートに入ったら、その建築会社の長男の方も、家を出て外で働くことになりました。しかし、その人は、勤め先で気に入らない事があるとすぐに喧嘩をして飛び出し、その度に次の仕事を探す間、収入の空白が出来ます。二人ともバイトや何かをして暮らしている中に、子供が出来ました、母親の反対を押し切って出て来たものですから、弱音も吐かずに頑張っている時、家政婦の仕事が高収入と聞き、或る病院の掃除や病人の世話をして働いていました。ある日、院長先生がその方を見て、
 「よく働くね、今のままで働くよりも、高校を出ているのなら、通信教育で短大の勉強をして、リハビリの国家試験を受けて先生になってみたら」
 と勧められ、一つやってみようと思い四十の声を聞いてから勉強を始められたのです。昼勤めてから、夜一生懸命に勉強をして三年で国家試験に合格して、その病院で働く事になった時、院長先生がびっくりして、大したものだ、まさか本当にやるとは思わなかったと、その方を大切にして下さる様になったとの事でした。しかし、主人と言えば、安心をして余り働かなくなったのです。子供達は、次々に高校を卒業して二人とも看護師の資格を取り、病院勤めをするようになりますと、主人は益々働かなくなりましたので、もうこれ以上一緒に生活を続ける気も無くなり別れる事になりその時、縁有って教えを聞く事になりました。
 「仏様の教えから見ますと持って生まれた宿業を背負っているから別れても幸せは来ません。片親で生きる縁が子供にも受け継がれますから、もう少し考えてみなさい」
 と申し上げましたが、結局別れました。半年程して、看護師をしている娘さんが、子宮外妊娠で手術されたが体の調子が悪くそのまま入院生活をすることになって、又教えを求めて来られて、
 「私は本当に一生苦労を背負って行くのですね、どうしたら良くなるでしょうか」
 との事でした。
 「仏様から見ますと、因縁果報と言います。どんな生活の中にあっても、自らの業を果たす為に喜んで生きていく事です。悪因を切るには毎日の生活の中より喜びの縁を結ぶことです。それ以外に悪因を切る道はありませんよ」
 この言葉がこの方の人生を変えた様です。別れた主人が腎臓を病み入院をしていました。昼勤め、夕方は娘の所へ行き、夜は別れた主人の看病へと目まぐるしい生活をしていますと主人が涙を流して、「すまないね」との喜びの言葉を聞くことが出来る様になり、やがて、娘さんも元気になり、退院をされまして新しい生活が生まれました。片親で生きる因縁と、一生苦労をする因縁でも喜んで行けば苦も苦とならず今では明るい生活をしておられます。人はこうしたものです。
 又、或る若い奥さんがあります。この方は恵まれた両親に育てられ、年頃になってお見合いをされ少しお付き合いをされましたが、相手の青年が、
 「もし僕と結婚をして下さるならお願いがあります。僕は炊事仕事が好きですから、買い物はして頂きますが、食事の用意は僕にさせて下さい」
 との事でした。気楽に考えて結婚をしましたが、毎日朝晩の食事は全部主人がして下さいますとの事、子供さんが生まれましてからも、オムツの世話もして下さるし、ある時、子供も保育園へ行く事になったから美容の為に、少しゴルフでもしたらとの話で、ゴルフのセット一式を買って来て練習場通い、日曜日には子供を連れてゴルフ場へ行く事もありますとのこと。
 同じ星の下に生まれても、先の方と比較をしてみますと天と地との違いです。こうした事も前世からの因縁で、その人その人の業の結果と仏教では説かれています。同じ親から生まれた兄弟でも皆違う訳です。
 再婚をしなければならない人、子供さんのある所へ後妻として行き苦労をしなければならない人、子供に恵まれなくて一生を送る人、色々な人生がある訳ですが、すべてが持って生まれた宿業の故です。

                            合 掌

宝塔第365号(平成22年6月1日発行)