「宝塔」第366号
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今は觸感時代 

 今の若い人は、多くの人が自分で物事を考えて行動します。觸感時代とは、人に「こうだから、こうしなければならない」と言われても、素直に「ハイ」とは言わない、自分で触れて感じて、「これはこうだ、これはこういう物だ、こうしないといけない等々」を知って生きるということです。たとえば、食べる物一つでも関西と関東では違いがあります。関西では薄味で関東では少し辛めであって、小さい時からその味で育っていますから、食べ物は「これ位の味がおいしい・これは少し辛い」と思うように舌で感じて育ちますから、何事も自分で感じなければならなくなっています。親がいろいろと教えても話しても上の空でしか聞いていない、それを小さい時から「こうしなさい・こうするんですよ」と余りにも言い過ぎると「うるさいな!又お母さんが言っている」と耳だけで聞いて心では掴(つか)んでいません。 
 少し大きくなれば、只うるさいなと思って黙っているだけですが、中学・高校にでも行くようになりますと、母親の言葉は素直に聞かず却って反抗をするようになります。そして、内向性の子供はだんだんと心が萎縮(いしゅく)して登校拒否をしたり、部屋にこもってノイローゼ等になったり、また、外向性の子供は暴走族になったり、いろいろな仲間と悪い事をするようになることが多いようです。親は自分の尺度で「こうすることが子供の為になることだ」と思い込んで押しつけるのではなく、少しぐらいの事は大きな心で黙って見守ってやることが大切です。そして、子供の言う事や話しかけには出来るだけ耳を傾けてやることです。こうした親の心遣いが子供の心を開いてやることになり、非行に走らせるのを防ぐのです。
 アパートの一人暮らしをしている三十二歳になる息子さんが縁あって結婚をしました。そのお母さんは息子がどうしているのか心配で、一日に二回か三回見に行かれたものですから、お嫁さんが腹を立てて、遂に、離婚にまでなってしまいました。これは親が子離れをしていないからです。又、今度は息子が一人でどうしているのかと見に行かれたそうです。この様な事になるのも小さい時から子供の事ばかり一生懸命になって、親の思い通りに育てていたからです。その方は未だに心配をして暮らしてみえます。こんな親に育つ子供はかえって不幸になるばかりです。
 ある家の娘さんですが、同じように親が子供の事を考えて「こうしなさい・こういう事は駄目ですよ」と、余りにも口うるさく干渉しすぎたものですから、とうとうその娘さんは反抗して、高校を中退して、暴走族の仲間入りをして家に帰らなくなったそうです。親が問い詰めると、私の事はほっといて勝手にさせてくれと言い、小遣いだけはせびりに来たそうです。親が小遣いを出さないと、泥棒でもするかと大きな声を出して家を出て行こうとしますから、小遣いだけはあげるから泥棒だけはしないでと反対に親の方が子供に頭を下げることになってしまい、益々子供は非行に走って行きました。十九歳の春、暴走族同士で喧嘩をして男の子六人に殴られ蹴られ血だらけになって倒れている所を通りがかりの人が救急車を呼んで病院に運んでくれたと警察から電話がありました。飛ぶようにして病院に行きますと、顔や手に十八針も縫う大怪我をしたそうです。警察の方が何を聞いても話さないものですから、病院側も歩くことが出来るからと一時帰してくれました。家で母親が泣いて話を聞きますと、暴走族同士で喧嘩をしたとのこと、娘の顔に十八針も縫った傷、お嫁にも行くことが出来ないと包帯の取れるまでは毎日泣いていましたが、やっと包帯が取れると、怪我の縫った跡も大した事がなくひと安心をしたそうです。しかし娘は、こんな家にはいるのが嫌になった、家を出ると言って親の留守に自分の持ち物だけを持って家出をしてしまいました。母親は慌てて私の所へ泣き顔をして相談に見えました。歳は幾つになりますかと聞きますと二十歳になったとのこと、それをお聞き致しまして、
 「二十歳になれば一人前ですから、そのままにしておきなさい、そのうちに親の事を思って帰ってきます」
 とお話しいたしました。心配そうにしていましたので、今のままにしてあげてた方がいいですよと念を押しますと、仕方なくすごすごと帰られました。苦労をして育てた子供ですから心配するのは当然だと思います。しかし私は子供は苦労をさせる事が一番親の事を思ってくれるものと思っています。それから三ヶ月程して、母親が娘の友達に会ったので聞いてみますと、実家より少し離れた所のワンルームマンションで暮らしている事が分かりました。夕方そこを訪ねましたら、表札が掛っていましたのでドアをノックしますと、「どなた」と言う声がしてドアが開けられるとやはり娘でした。どうやって暮らしているのとさっそく聞きますと、「お母さん早く入って、玄関の電気代も馬鹿にならないから」と母親を押し込むようにして部屋の中へ入れました。「パートで働いているわ毎日食べることも掃除も洗濯も大変よ、毎日お金と相談をして色々の事をしなければいけないし、お母さんの苦労が少しは解ったように思える」と涙声で話をしてくれました。お父さんの所へ電話をするからと娘に言いますと「電話代も馬鹿にならないから早く切って」と、一人で暮らすことがこんなにも娘を変えるものかとびっくりしたとの話がありました。半月程して、「お母さん帰ってもいい」と電話があり、「いいよ」と言いますと、お父さんは怒っているかと聞きますので、「そんな事はないよ」と言うと、「明日帰るから」と電話が切れました。父親にこの事を言いますと、道具も少しくらいはあるだろうから車で迎えに行ってやると言ってくれました。娘さんはお父さんに済みませんでしたと言ったとのこと、母親は涙を流して喜ばれました。
 一人で苦労をさせてみることが大切な事だと、しみじみと感じられたようです。子供が小さい時は親がうるさく言っても子供は素直です。しかし、子供が大きくなるにつれて今度は親が子供に気を遣うようになり心配ばかりしていますと、前の方の話のように子供を不幸にする事になります。
 先日、親戚の娘さんの結婚が決まり、結納を戴きましたとの事で、父親と娘さんが一緒に挨拶にみえられました。娘さんに、「おめでとう良かったね」と言いましてから、
 「貴女は今日まで小さい時からお父さんやお母さんのする事を見て来ましたね、両親の喧嘩をした事もね、その姿を見ながら、お父さんはこういう所が悪い、お母さんもこんな事でどうして喧嘩なんかするんだろうと思う事もあったでしょう。小さい時から色々と注意をされて来て、自分の言う事は少しも聞いてくれませんでしたでしょう」
 と聞きますと、
 「本当にその通りです、私の気持ちなんか少しも解ってくれませんでした」
 とのこと。
 「それから、お父さんやお母さんが何を考えているかは解っていたんじゃないですか」
 と聞きますと、目をくるくるさせ、
 「本当にそうです、お母さんは今こんな事を考えている思っているとすぐ知ることが出来ました」
 とのこと。
 「だから貴女も子供が出来ましたら、ここにいるお父さんはお祖父さんになるね、お祖父さんやお祖母さんを貴女自身が大切にして行きますと貴女の子供さんはそれを見てしっかりと育ちますから子供も親思いの子に育ちます。この事だけは忘れないように」
 と申しますと、
 「ハイ、この言葉を忘れないようにします」
 と言いました。
 そこにいた父親が、
 「これは私の事ですね、おふくろがわがままで困ったと思いましたが、この話を聞きまして自分の考えを押し付けるより優しくしてやらなければと思いました。今日はよいお話を聞きました」
 と言って帰って行かれました。
 昔の言葉に、『百聞は一見に如かず』とありますが、自分が聞いた事よりも、自分が体験をして得た事が、自分の身になります。それを觸感的と言うのです。

                            合 掌

宝塔第366号(平成22年7月1日発行)