「宝塔」第224号
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難ありてこそ仏縁を知り、喜びをみる

どんな地獄の様な生活の中でも、必ず仏さまの光りが見えます。たとえ苦しい境界にあっても、仏縁を大切にし努力を重ね、精進につとめるのならば、必ず幸福への道が開けるのです。

 ある日、一人のご婦人が教会を訪ねてみえました。大乗の教えを聞くのは初めてという方です。とても辛そうな顔をしてみえたので、とにかく事情を聞いてみることにしました。するとお嫁さんは、まるで堰(せき)を切ったかの様に、これまでの生活について、その苦しみをお話しされたのです。それは、こんな話でした。

 奥さんは、若い頃に地方から都会へ出て働いておりました。そこで同じ会社の先輩と交際が始まり、ついには結婚することにしたのです。決心をした二人は、互いの親に打ち明けることにしました。

 まず女性の故郷へ行きました。おかあさんは幼い頃に亡くなっておりましたので、おとうさんに許しを請いますが「そんな遠いところで暮らすのか」と言って、どうしても許してくれません。どんなに頼んでも認めてくれませんでした。二人はあきらめて、親の反対を振り切ってでも結婚することにしました。

 今度は彼の故郷へ帰り、両親にすべてを話しました。すると父親は「息子がそこまで思うのならば・・・」と許されました。ところが母親があまり良い顔をしません。説得を続けてようやく許して下さったのですが、一つの条件が出されました。それは「すべて母親になる私の言う通りにすること」だったのです。

 彼と一緒に暮らせるのならば、どんな事でも受け入れようと心に決めていた女性は、喜んで母親の条件を受け入れました。そして結婚、彼の家族と同居しながらも楽しい生活が始まるはずでした。

 ところが夢に描いた新婚生活などありません。辛く厳しい毎日が続きます。逃げだそうと思ったことも二度三度ではない。夫に訴えても何も言わず、ただ黙っているだけです。お嫁さんは涙に明け暮れる生活でした。

 父親はそんな中でも優しい人でした。何かの信仰をしている様です。時折、お嫁さんをかばってくれる事もあったのです。ところが父親の優しさが却って姑の怒りをかってしまい、姑は前よりつらくお嫁さんに当たるようになります。その繰り返しが続き、いつしか意地の悪い姑を恨むばかりではなく、優しくして下さる父親までもが憎らしく思えるようになってしまったのです。

 この様な生活の中、二人の子に恵まれました。奥さんは「せめて子ども達の成長だけを生き甲斐にして!」と思うようになっていたのでした。父親や母親を恨み、ただ思い通りになる日の来ることを願いながら、子ども達だけを見つめて生きてきたのでした。

 月日が経って、子ども達が少しずつ大きくなってきました。今まで奥さんの生き甲斐であった子ども達が、逆らう様になったのです。何を言っても聞く耳を持たず、奥さんにすべて逆らうのです。どうしてよいのか分からずに、困りはて泣いていると、父親がこう言ったのです。

 「私が何を言っても、きっとお前は信じてはくれないだろうな。だったら私の話ではなく、一度でいいから大乗教という所へ行って、話を聞いてみたらどうだね。」

 父親の言葉を聞いて、ふと「行ってみては―」と思い、こうして教会を訪ねることになったのでした。

 話し終えて少し落ち着かれたのか、悩みを打ち明けられた奥さんの顔が楽になった様に見えました。私は一部始終を聞いて、奥さんに尋ねてみました。

 「奥さん、ずい分大変だったようですね。厳しい姑や無関心な主人、おまけに生き甲斐にしていた子どもにさえも逆らわれるようになるとは、悲しい限りだと思います。しかし、これが貴方の現実なんです。貴方がしてきた現実が現れているだけなんですよ。」

 少しビックリして、私の顔を見られます。私は続けて聞いてみました。

 「ところで奥さん。実のおとうさんは、今はどうしてみえますか。知っていますか?」

 「いえ、父の反対を押し切って嫁いでからは一度も帰ってはおりません。手紙も出したことはありません。子どもが生まれた事すら知らせてはありません。父が今どうしているかは分かりません。」

 「おとうさんは早くに妻を亡くして、たった一人で子ども達を育ててきた。四人の男子と貴方で五人の子どもを育ててきたんですよ。あなたが望むような良い父ではなかったかもしれませんが、貴方を末っ子の一人娘として、可愛く思っていた事は間違いないと思いますよ。現に貴方自身も、苦しい生活の中でも子どもだけはと、頑張って生きてこられたではありませんか。それが、お父さんの本当の心ではありませんか? 

 それを好きな人が出来たから結婚をしたい。許してくれないから親を捨てる。そんな考え方では、貴方が子どもとして立派だったとは言えないと思います。

 それに亡きお母さんの気持ちも忘れてはいませんか。幼い貴方を残して亡くなっていったお母さんは、今の貴方の事をどう思うのでしょうか。

 お母さんは、あなたの成長を見ることもなく亡くなっていった。きっと悔しかったと思いますよ。ところが貴方は年頃になって家を出て、親に逆らって結婚し、嫁いだものの姑の躾(しつ)けが厳しいからといって恨み、おまけにかばってくれる父親までも逆恨みする始末。お母さんはきっと嘆いてみえると思いますよ。」

私は奥さんの顔を、もう一度見直してから、ゆっくりと続けていいました。

 「奥さん、子どもさん達は実に正直です。貴方のした事と同じ事を今しているだけじゃありませんか。貴方がお父さんの本心が分からずに、親を捨て家を出てきた様に、また亡きお母さんの気持ちを忘れていた様に、貴方の子どもたちも、貴方の心を理解しないでひたすら逆らっているのですよ。そう『母さん、貴方のお父さんの本心に気がつきなさい。亡くなったお母さんの気持ちを忘れてはいけない。』と教えてくれているのですよ。よく考えてみて下さい。」

 少しうなだれている奥さんに向って、私はこうお願いをいたしました。

 「奥さん、だからと言って、もう人生が終わったわけではありません。これから貴方が今までの考え方を改めて生きていけばよいのです。」

 「どうすればいいんですか?」

 「それは、まず貴方をずっと見守っていてくれる父や亡き母に反省をして下さい。自分が我儘わ(わがまま)だったという懺悔をするのです。そして次に、厳しい姑や逆らう子ども達に『私の親不幸が原因でこんな事をさせて済まなかった』と謝って下さい。

 そして皆さんを心をこめて拝むのです。そして、毎日を喜んで過ごす努力をして下さい。そうすれば必ず、楽しい生活がやってきますよ。」

 奥さんは、ジッと考えていましたが、決心した様に顔をあげて言われました。

 「わかりました。やってみます。頑張ります。」

 仏さまにお誓いをされて、それからお嫁さんの精進が始まりました。反省、喜び、また反省し懺悔、そして悦び。お会いするごとに奥さんは変わっていかれました。いつしか子ども達も立派に成長して独立され、またお姑さんとも共に日々を喜びあえる様になったのでした。

 奥さんはある時、微笑んでこうおっしゃられました。

 「あの時、父親が大乗教を教えてくれなかったら、今の私は無かったと思います。いつまでも地獄の様な生活をしていたと思います。私の我儘(わがまま)をよく見守っていて下さったと、本当に感謝しています。」

仏法の縁を大切にしていけば

必ずそこに幸せの世界が開けてくるのです

                                                                            合掌

宝塔第224号(平成10年9月1日発行)