昔、インドに長災王という王がいたが、隣国のプラフマダッタ王との戦いに敗れ、まさに刑場の露と消えんとした時、我が子に「長く見てはならない。短く急いではならない、恨みは恨みなきによって静まる」と言い残して死んだ。王子は九死に一生を得て釈放され、その後、何とかして父の復讐(ふくしゅう)をしようと姿をかえて、プラフマダッタ王に仕えて、その信任を得た。ある日、家来を引き連れて狩りに出掛けた折、野山を駆けめぐって疲れ果てた王が、この青年の膝を枕にうとうとした。今こそ父の無念を晴らそうと青年は刀を抜いて王の首に当てたが、父の臨終の言葉を思い出して躊躇(ちゅうちょ)した、その間に王が目を覚まし、とうとう念願を果たせず、今までの事を全部申し上げた。
王は長災王の臨終の言葉を聞いて大いに感動し、今までの罪を詫(わ)びただけでなく、王子に元の国を返して和解した、ということがお経の中に出ております。
「長く見てはならない」と言うことは、恨みを何時(いつ)までも持っていてはいけない。忘れてしまうことがよい。執着(しゅうじゃく)してはならない、相手を許す大きな心となれ。と言うことです。
「短く急ぐな」と言うことは、短気を起こして友情を破ってはいけない。はやる心をぐっと鎮めて辛抱強く生き抜くことである、と言う意味でありましょう。
わが国にも、同じような事があります。それは鎌倉時代、浄土宗の開祖法然上人がまだ幼少の頃のことです。
父、漆間時国が、明石源内定明と不仲となり、不意の夜討ちで非業の死をとげた折に、時国は臨終の床で、我が子に「仇を報ずることをやめよ、これひとえに前世の宿縁なり、汝、敵を憎み殺せば、敵の子もまた汝に、刃を加え、その仇、生々世々つきることなからん。俗(ぞく)をのがれて我が菩提(ぼだい)を弔(ともら)い、みずから解脱(げだつ)を求めんにはしかず」と遺言をしたという。
「俗をのがれて」とは凡夫(ぼんぷ)の浅はかな考えを捨てて、又は、俗界を去って出家し仏道を学べ」と言うことでありましょう。
法句経(ほっくきょう)の中に「恨みは恨みによってやまず、恨みは恨み無きによってのみやむ」とあります。
ある日、私の所にご婦人がご相談に来られ、
「十七歳の息子ですが、それがたいへん良い子で高校へ進学せずに『大工になってお母さんに立派な家を建ててやるんだ』と言ってくれまして、ある親方について大工の見習いをしています。ところが最近になって家を出てアパートで一人暮らしをすると言い出し、『そんな事は出来ない』と申しますと、家の中で乱暴したり、夜はどこへ行くか分かりませんが一時か二時頃に帰ってくるようになりました。朝弁当は持って出ますが親方の家には行かないらしく、親方からこの間も『今日で三日も来ないが、病気なのか、病気なら病気だと連絡してくれないと困る』と言ってきましたので、始めて親方の所へ行ってない事を知り、驚き息子に聞いてみると『どこへ行ってもいいじゃないか』と怒りますので困ってしまいました。
先生、何とか息子の心がおさまって真面目になってくれないでしょうか」
と仰いました。
「お母さん、子供に困ると言う事は、何かあなたにも親を困らせたような事はありませんか。親に感謝していますか」と尋ねますと、
「とんでもない、私には感謝の出来るような親はありません」
「恨んでいるのですか」
「私は、母は知っておりましても、父は全く知りません。私は三姉妹でございますが、三人とも父が異なり、会ったこともなく、その名も知りません。母は私を生むと、すぐに施設に預けてしまったのです。姉妹三人ともそうらしいのです。姉や妹にも会った事もなく知りません。私は施設で大きくなって集団就職でこちらにやって来ました。施設に居る時でも母はめったに来てくれませんでした。他の人達は毎月父や母が訪ねてきて楽しそうに話し合っていました。そういう姿を見てどんなに寂しかったか。恨み心さえ起きました。今は遠い○○に居ると言う事を薄々知っておりますが、辛さと寂しさで過ごして来ました。
就職先は機屋(はたや)さんでした。友達は両親があって、時々、何かを送ってもらったり、お盆やお正月には嬉しそうに実家に帰って行きますが、私は帰る家もなく、どんなに寂しかったか、それにしても機屋の老夫婦が大変良い人で私を可愛がって下さいまして、そのお蔭で今日まで生きて来られたのです。年頃になって結婚しましたが、どうしても嫌で別れようと思っていましたが、女の子が生まれて、子供可愛さに我慢していましたら次に男の子が生まれて、ここで思い切って別れ話となり、娘は主人に渡し、私は乳飲み子の息子を連れて、また機屋さんを頼って戻りました。
機屋さんは喜んで迎えて下さいまして、そこで働く事になりました。子供は老夫婦が孫のように可愛がって下さいまして、私は安心して働く事が出来ました。ところが、その機屋さんが倒産して働くことが出来なくなりました。老夫婦は可哀相だからと言って知り合いの機屋さんに頼んでくれ、そこで働くようになり、息子も学校へ行くようになりましたので、アパートに住み始め今日に至ったのです。小さい時から親無し子で育って来た私は、子供にはそんな寂しさは味あわせたくないと一生懸命可愛がって育てて来ましたのに」
と涙をこぼされました。
「それであなたは、苦しみや寂しさを思う度に母の事を思い出し、恨みが重なってきたのでしょう。でもこの世にあなたを生み出して下さったのは、お母さんですよ。どんな事情があったのか分かりませんが、あなたを施設に預けなければならなかった母の心も察する事が大切なのですよ、母が子供と一緒に暮らせないということは、そうしなければならない事情があったのです。あなたは、前の主人の所へ置いてきた娘の事を思いますか」
「ええ、毎日娘の事を思わぬ日はありません」
「それ、ごらんなさい、あなたの母もきっとあなたが娘の事を思う以上にあなたの事を思いわずらって暮らされているに相違ありません。お母さんは辛い事を乗り越えて、あなたを水子にしないで生んで下さった。その事を思うと母に人間界に出して下さったことを心から感謝しなければ勿体(もったい)ない事ですよ。仏様は『常に相手の立場になって見なさい』とおっしゃっていますが、母の心があなたにもつながって来ているのですよ。お母さんを恨み憎んで来た事が本当に間違いでしたと懺悔(さんげ)して遠い○○にいらっしゃる母に便りを出して、元気でいる事を知らせなさい。そして暇をつくって息子さんと一緒に会いに行ってきなさい。あなたの元気な姿と孫の姿を見てお母さんはきっと喜んで下さることでしょう。お母さんを喜ばせた行いによって、あなたも息子さんから喜べる姿を見せてもらえますよ。
私も時には、人様からいじめられたり、ひどい仕打ちをされた事もありますが、そんな時には『憎しとて たたくにあらず 笹の雪』という句を思い出して、ああ私を何とか立派に生かさせようと、仏様が試練を与えて下さるのだと有り難く受け取らせていただきます。
『天はその人に幸福を与えんとして、まずその人に苦難の道を与えて下さる』と言う言葉があります。
仏から与えられた恩恵であると受け止めれば有り難いと感謝も出来ます」
とお話し申し上げますと、「よく分かりました。実行します」と言って帰られました。
それからしばらくして、明るい笑顔でこの奥さんがお見えになり、今では息子が毎日親方の所で働き、真面目になってくれたと喜んでお話しになりました。
『もろもろの敵意は敵意によっていつまでも鎮まることなし、ただ敵意なきにより鎮まる』と教えられます。
心の置きどころによって、自らが幸福な人生をつくることに間違いありません。
合掌
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